オリキャラRPG<落ちた篝火>

前へ | 次へ | もくじ

  捨てられた少女  






「ところでデュナン」
「はい?」
 書物を捲りながらデュナンは顔を上げる。
 柔らかい表情の顔の父が続けた。
「そなた、何を拾ってきたのだ?」
「おわかりに、なりますか?」
 笑いを含んで問いかけると、笑いを含んだ声で返される。
「分からぬほど耄碌もうろくしておらぬよ」
 当然だ。
 父の感覚は誰よりも鋭い。
 誰よりも強い。弟子の中には父の魔力を軽んじる者もあったが、いざとなれば彼は星の半分を破壊してしまう程の力を持っている。デュナンはそう信じているし、多分その力を知っている。
 幼い頃、デュナンが旅の途中、ある領主に理不尽に拘束され生け贄として殺されかけたことがあった。結局シュゼルドに助けられたのだが、その後デュナンが見たときにはその領主の城は跡形もなく砕かれていた。
 シュゼルドがやったとは一言も言わなかった。だが、確実に彼がやったのだろうと確信している。それが父の力。自分にすら教えていない秘術。
 そんな父が気づかない訳がないのだ。
「先だって子供を拾いました」
「会えるかね?」
 デュナンは本を閉じ頷いた。
「はい。今は眠っておりますが」
 デュナンはシュゼルドを少女の眠る部屋へと案内する。
 あの街に出かけたのは強い魔力を有する少女の噂を聞いていたからだ。力を持っているのにもかかわらず力の使い方を知らないというのは危険な事だ。幼い頃の自分のように、産んだ親でさえ持てあまし、捨てられるような事になればあるいは能力を暴走させてしまうかも知れないと思ったのだ。
 そうなるよりも前に少女に力の使い方を教えるべきだと、当主自ら向かったのだ。
 不幸な事は既に起こってしまっていた。
 デュナンが街を尋ねた時は、両親が不幸な事故で亡くなり、それを少女のせいだと思った街の人間が彼女を追い出した後だったのだ。
 周囲を探し、ようやく少女を見つけ出したとき、少女は泣きもせず暗い表情を浮かべたまま佇んでいた。
 深い闇。
 それに飲まれそうになっている少女はかねての自分を彷彿とさせた。
 自分とよく似た境遇の少女を保護して屋敷に戻ったのは数日前の事。気分が高揚して眠ることも出来なかった少女を、シュゼルド直伝の符術で眠らせ、デュナンの魔力を注ぐことで彼女の暴走を押さえた。
 五つ、あるいは六つなる位だろうか。
 幼い少女は手に札を貼り付けられ眠りに落ちている。
 その少女の髪を撫でて、シュゼルドは優しく微笑む。
「名をフィーナと申します」
「そなたと初めて会ったくらいの年だろうか」
「はい。あのときの私のように言葉を知らぬ訳ではありませんが、起きている時もあまり口を利こうとしません」
「絶望で心が閉ざされているのであろう。どれ、少し話をしてみるか」
 シュゼルドは少女の手を取り、ふうと息を吹きかける。
 貼り付けられていた札がふわりと剥がれ、霧のようになって消えた。一吹きで呪符をとばせる能力は相変わらずのようだ。
 感心していると、少女が身じろぎをした。
 ゆっくりと目を開く。
 見ているのにもかかわらず光を全く感じようとしない暗い瞳だった。
「起きたかね、フィーナ」
 暫く少女は黙っていた。
 だがやがて口を開く。たどたどしい、子供にしては酷く無感情な口調だった。
「……………だあれ?」
「シュゼルド・シウという。このデュナンの………不肖の息子だよ」
 自分が先に付いた嘘にもかかわらず危うく吹き出すところだった。
 デュナンは何とか堪え頷いてみせる。
 少女の目が二人の間を行き来した。
「ふしょー……?」
「そう、出来の悪い子供という意味だよ。おいで、フィー、幼き子よ」
 言いながらシュゼルドは少女の身体を抱き上げる。
 少女は抱き上げられて不思議そうな顔をしていた。
 街では酷く疎まれている様子だった。両親はそれでも彼女を真っ直ぐ育てていたが、やはり両親以外で彼女にこんな態度で接する者はいなかったのだろう。
 抱きしめられ髪を撫でられ、少女は彼を不思議そうに見ていた。
 自分があと四十ほど若ければこんな小さな少女に対しても嫉妬をしていただろう。デュナンはほほえましく思いながらも、複雑な心境でその様子を見守っていた。
「怯えることはない。自らを悪と蔑むこともない。穏やかに、ただ真っ直ぐ育てばいい。ゆっくり学び、ゆっくり己を知っていけばいい」
「………?」
「そなたはまだ幼いのだ。才覚に恵まれているが、無理にその道に進む必要はない。ただ、そう、道だけは知っていた方がいいだろうね」
 シュゼルドはベッドの脇に彼女を座らせ、髪を撫でながら優しく微笑む。
「ここにいなさい。ここは、道を学ぶ者が集う場所。そなたの………君の、新しい家だよ」
 ほんの僅か少女の表情が和らいだ気がした。
 表情はまだ硬かったが、どこかホッとしたような表情に変わる。
 不思議な事だと思う。他の誰かが彼と同じ言葉を口にしたとしても、これほどまでに感じ取れないだろう。彼の声には全てを許容する優しさがあるのだ。何もかもを許しそのうちに収めてしまうような大きさがある。
 だから甘えたくなる。
 そして、彼は甘えさせてくれる。
 少女がシュゼルドに抱きついた。シュゼルドが抱きしめ返すとやがて少女はホッとしたように再び眠りに落ちた。
 すう、と穏やかな寝息を立てている。
 先刻までのように呪術で眠らせている時とは違い、安心しきったような表情だった。
「……デュナン、済まぬが今暫く術で押さえておいてくれるか」
「構いませんが……父上、どうなさるおつもりですか」
「数日出る。なに、此度はすぐに戻ってくるよ。この幼子に道を説かねばなるまい」
「街に出かけるおつもりですか?」
 シュゼルドは薄く笑う。
 いつもの彼とは違うぞっとするような表情だ。
 この顔を知っている。笑っているのに酷く危険な顔。これは父の「怒っている」時の表情なのだ。目に見えて怒った表情をしているときの方がよほど安全だ。この表情を浮かべた彼を止められる手だてをデュナンは知らない。
「未知のものに対する恐怖は理解しているつもりだよ。だが、この幼子になんの罪咎があったというのかね? 理不尽に踏みにじられる事を許せるほど大人ではないのでな」
「ですが、あの街に何かあればこの子が悪魔の子とますます恐れられる結果になるでしょう」
「だからと言って逆しまに許すわけにはいかん。大丈夫だ、この子とて殺戮を望むわけではあるまい。更に苦しませるようなことはせぬよ」
「そう信じておりますが」
 何をするか分からないというのが正直な所だ。
 本気で怒れば仲間であった者ですら笑いながら後ろから刺すような人だ。この怒りの状態からどんなことをしでかすのか、不安でないといえば嘘になる。
 ただ、父が怒るのは人の為だ。特に幼い子供が理不尽な目に遭うことを嫌う。その子供を更に苦しませるような事はしないだろう。
 それでも恐ろしい者は恐ろしい。
 不意にふわりと頭を撫でられる。
「相変わらず優しい子だ」
「違います、私は万が一にも父上の所業と知れて父上が悪し様に言われるのがたえられないだけで……!」
 自分でも子供のような物言いだと思った。
 どうしても彼と一緒にいると調子が狂う。
「と、ともかく、あまり酷いことをなさらないで下さい」
「わかっておるよ。……人はね、デュナン」
 彼は優しく言う。
「罪を犯したならば償わなければならない。そのまま街を放置していけば街の者は愚かしい罪を重ねてゆくだけだ」
「それでは街の者の為でもあるとおっしゃるんですか? ですが、父上は私の時には……」
「あれは既に地の理を越えていた。乾坤に住む者が天の理に触れれば天によって裁きが与えられる。それだけのことだよ」
 それに、と彼が付け加える。
「私は別に人を裁くつもりはないよ。それなりの対応はさせてもらうつもりだが、少し気になるのだよ」
 デュナンははっとする。
 父の言わんとすることを理解して蒼白になった。
 強い魔力を持つ者は、時にその力を欲した魔物に狙われる事もあるが、大抵は守りの要となる。それを失って、街がどのような状況になるか。想像に難くない。
「今暫く任せるぞ、デュナン」
「はい、行ってらっしゃいませ、父上」




 
前へ | 次へ | もくじ
Copyright (c) みえさん。 All rights reserved.
 

-Powered by 小説HTMLの小人さん-

inserted by FC2 system