オリキャラRPG<落ちた篝火>

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  シウの当主  





 シウという魔法使いの家がその名を知らしめ始めたのはここ四、五十年ほどのことだろう。それまでシウという家の名を聞く者はあまりいなかった。実際どんな高名な魔法使いの家系なのか誰も知らない。シウ家、シウ一門と呼ばれる魔法使い達の殆どが血のつながりが無いとも聞く。突然沸いて出たように次々と力の強い魔術師達を排出し始めた。
 彼らの使う呪術は他と少し異なっていた。どこが違うのかと問われれば答えられる者は少ない。ただ、他の魔法とは違う。違うのは分かるのに、どこが違うのかが分からない。それがシウ家の魔法使い達が使う魔法の特性だった。
 この理論を最初に構築したのはシュゼルド・シウという男だった。シウ家の者に「創始者」と呼ばれる彼は数人の弟子達と共に魔術の新理論を作り上げた後、自らもシウ家の者として弟子を取っていたが、ある日思い立ったようにいなくなってしまったという。
 それが今から二十年ほど前の話だった。
 シュゼルド・シウの最初の弟子にして「息子」と呼ばれるデュナン・シウは既に六十を超えていた。今や大師父と呼ばれる立場の老人は、穏やかな人間だった。だが、いざ魔術を教えるとなると非常に厳しく、また、倫理に背くような行為をけして赦さない男でもあった。それは、創始者シュゼルド・シウの性質を色濃く継いでいるといって過言ではないのだろう。
「瞑想中、申し訳ございません」
 声をかけられデュナンは片目を開いた。金にも見える小麦色の瞳が、若い弟子を見る。
「……お客人か?」
 よほどの場合でなければ会いたいという者があれば会う、というのがデュナンの信条だ。故に瞑想中であっても就寝中であっても弟子がこうして声をかけてくる事は少なくはなかった。
 だが、やはりシウ家の一番上に立つ者に目通りを願う者は珍しい。おおかたどこかの国の魔術師がシウの力を借りたいと言ってきているのだろう。
 予想に反して、弟子は予想外の人物の名前を口にした。
「はい、その……申し上げ難いのですが、若い男でシュゼルド・シウと名乗っておりまして……」
「……何?」
 デュナンは両目を開く。
 弟子が慌てたように頭を下げる。
「も、申し訳ありません! 創始者の名を騙る不届き者とは思いますが……その」
「奇妙な威厳があるか」
「はい、あ、いえ……」
「その男、右手に布を巻き付けていたか」
「はい、あの……ぼろぼろの布きれを巻いておりました」
 デュナンは立ち上がる。
「通しなさい」
「は……あの」
「それは恐らく私の息子だ。……いや、必要ないようだな。シュゼルド」
「え? あ……っ」
 弟子が驚いたように声を上げる。
 応接間で待たせていたはずの男が既に入ってきてしまっている。この屋敷の廊下にはシウの術を使う者でなければ出入り出来ないように目眩ましの術が掛かっている廊下や部屋はいくつもある。
 それをあっさりと抜けてきてしまった男に弟子はさすがに驚きの声を上げた。
 シュゼルドと呼ばれた男は微笑む。
「久しぶりですね………父、上?」
 弟子は戸惑ったように見比べる。
 デュナンに息子がいたという話は聞いたことがない。第一、瞳の色も髪の色も随分と異なる。それなのに、並べて見ると本当に親子のように雰囲気が似ている。創始者とデュナンが血が繋がらずとも親子であったように、彼らもまたそう言った親子なのだろうか。
 戸惑った様子の弟子をデュナンは笑う。
「下がりなさい。二人で話がしたい」
「は、はぁ……」
 若い弟子は納得がいかないという風だったが、命令されてしまっては従うよりも他にない。一礼をして、そのまま部屋を出て行った。
 彼の気配が無くなったのを確認すると、シュゼルドがからかうように笑う。
「さて、私はそなたのような父を持った覚えはないが」
「無論です、私も貴方のような息子を持った覚えはありませんよ、父上」
 デュナンは穏やかな笑みを浮かべる。
 孫と祖父、そう言っても過言ではないほどに二人には年齢差があった。外見ではデュナンが祖父で、シュゼルドの方が孫だと見えるだろう。だが、実際はそうではなかった。シュゼルドの方が父であり、デュナンの方が息子。
 血のつながりこそ無いが、彼らは親子であった。
 デュナンの目の前にいる男が彼の父で創始者のシュゼルド・シウであった。
「貴方の外見では無理が過ぎます。最小限に見積もったとしても、貴方は八十を過ぎています。それなのに、その若々しい外見は何ですか。ちゃんと年を取りなさい。そうすれば貴方を人前でも父上とお呼びできる」
「こちらでも私のように年を取らぬ者もおるではないか」
「人として暮らすおつもりなら、きちんと年齢を重ねるべきです」
「失敬な。それでは私が人ではないもののようではないかね」
「それでは貴方が人のように聞こえますが?」
「人間だよ、私は。ただ、この世界では異物であるだけで」
 言い終わり、シュゼルドは小さく吹き出す。
 デュナンもまた笑っていた。
 再会するのは二十年ぶりだ。それなのに全く変わっていない父親の姿も性格も嬉しくてたまらなかった。
 彼が両手を広げて見せたので、デュナンは思い切り抱きついた。
 体格はデュナンの方が遙かに良い。年齢も追い越してしまって久しい。それなのに、この人はいつまで経っても父親なのだ。
「お久しぶりです、父上。お会いしたかった。お元気そうで何よりです」
「デュナンも息災であったか」
 頭を撫でられ、くすぐったい気持ちになる。
 デュナンは嬉しそうに頷いた。
「はい」
 本当の事を言ってしまえばデュナンはシュゼルドが本当は何者であるかは知らない。ただ、六十年ほど前、生まれ持った魔力が故に疎まれ森に捨てられた幼い自分を拾って育ててくれたのは彼だった。
 あの時、彼が偶然にも通りかかっていなければデュナンはあのまま餓死していたか、魔物に食われて終わっていただろう。口もきけなかったデュナンに名前や言葉を教えてくれたのも彼だった。今と変わらない外見の、彼だった。
 この父は年を取らない。
 それに違和感を覚えたのは意外と遅く、自分がそろそろ二十歳を過ぎるだろうという頃だった。違和感こそあったものの、それは恐ろしい事には思えなかった。デュナンはそれまで彼に育てられていたし、その優しさを知っている。彼が例え魔物であって酔狂で自分を育てていたとしても、別に構わないとさえ思っていた。シュゼルドの優しさが消えるわけではないし、それよりも聞いてしまったら彼が自分を置いて離れて行ってしまうのではないかという不安の方が大きかった。
 自分の外見が彼を通り超す位になったとき、初めて何故年を取らないかと聞くと、彼はおかしそうに笑った。
 曰く、年を取らなければいけないことを忘れていた、と。
 それから十数年の間、彼は年を取り始めた。
 ただそれは純粋に年齢が増していくのではなく、目眩ましの術で年を取ったように見せかけているだけだとデュナンは知っていた。
 彼は自分にこの世界の人間ではないと明かした。数十年前に異界に渡る途中、自分の右手に封じている「親友」が暴走し、空間の歪みに飲まれてしまったのだと。こちらは時間の流れが異なる。その上、彼は人の理では生きていない人間だったために、普通の人間よりも遙かに長生きなのだと言った。
 他の人間から聞けば俄には信じられない事であったが、他ならぬ父の言葉だ。デュナンはそれを信じた。
 彼にはデュナンの他に何人か弟子がいた。
 その弟子達は元々彼が不思議な術を使うせいもあってか、外見に関しては全く気にしていなかったようだ。それ以上に術の方に興味があったのかもしれない。
 デュナンがシウ家を継ぎ、他の弟子達も一派として各地に散った後、彼は暫く家を空けると言い残していなくなった。それが二十年ほど前の話だ。
「土産を持ってきた。暫く読む本には飽きぬぞ」
 ばさりと彼がマントを振ると、どこに収まっていたのか数十冊の古い書物がバラバラと降ってくる。
 その中には禁書に指定された本まで含まれていた。
 拾い上げてデュナンが苦笑する。
「父上、こんなものをどこで手に入れたんです?」
「西の方で男を助けてな、どうもそれがどこぞかの国の王であったそうだ。危うく嫁を取らされる所だったが、息子がいると言って断ってきた。その姫の代わりがこれだ」
 姫の代わりにしては安いだろうか。
 下手をすれば国を継がされていた可能性も高い。国の代わりに書物を欲しがったというのはあまりに欲がない。だが、シュゼルドにしてみれば別に国など欲しくないだろう。そんな面倒を引き受けるより書物を読んで研究をしている方がよほど有意義なのだろう。
 シュゼルドは微笑んだ。
「読み解くのを少し手伝ってくれるかね?」
「もちろん、喜んで」



 
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