オリキャラRPG<レディサイド>

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  闇を焦がしてなお蒼く 1  

   


 
 目を閉じると鮮烈な赤が蘇る。
 あの日から、目を閉じるたびに浮かぶのは彼の色。
 戦場で赤が空に舞うたびにあの深紅の髪を思い出す。
 自分とは真逆の色を持つ男。
 自分は間違いなく恋をしているのだろうと思う。
 それは人間達が思い出すような柔らかく暖かい感情などではなく、甘美で鮮烈な香りを含む激情。
 もう一度戦いたい。
 あの男と剣を交えたい。
 それは終わりを知らない恋。
 どちらかの魂が尽きるまで。
 どちらかの魂がどちらかの魂を喰らい、一つになるまで。
 あの男だけが自分に鮮麗な興奮を覚えさせる。

 彼女は愛しい男の名を呼んだ。





「……ツィーダル」
 自分の声で目が覚めた。
 どれくらい眠っていたのだろう。
 身体に少し軽さが戻っている。
「……」
 メレディスはゆっくりと身体を起こした。
 ベッドの上に寝かされた彼女の身体の上には毛布のようなものが掛けられている。何かの小屋だろうか。今まで誰かがここにいた痕跡があった。
 彼女はベッドから起きあがろうとして自分の腹部に布があてがわれている事に気付く。解毒用の薬草だろうか。微かに草の匂いがした。
 恐らく誰かが自分をここに運び込んだようだが、意識を手放す前のことは正直よく覚えていなかった。
「……?」
 不意に気配を感じ、メレディスはそろえておかれていた靴を履き、小屋の外に出る。
 小屋の外は広場になっている。その横には小さな川が流れている。
 その川にメレディスは手を差し入れる。山から湧き出た水が川になっているのだろう。澄んだ綺麗な水だった。
 足音が聞こえて彼女は顔をあげる。丁度、薪を抱えた男が戻ってきたところだった。
「よぉ、目ぇ覚めたかよ?」
「貴方は……」
 どこかで見た覚えがある男だった。
 片目の瞼が少し重そうな男で、巨大な体をしている訳ではないのに熊を連想するような不思議な雰囲気の男だ。
 それが気を失う前に見た男だと気づき、メレディスは微笑んだ。
「手当、貴方が?」
「ああ、こんな場所だから簡単な手当しか出来なかったが……」
「いいえ、とても助かったわ」
「そいつは良かった」
 男は笑って薪を小屋の前に下ろした。
 毎日鍛錬を繰り返しているのだろう。筋肉がすっと引き締まっている。
 その流れるような筋肉の動きを見ながらメレディスは彼に問う。
「貴方の家なの?」
「いや、この森を通る連中が使っている休憩小屋じゃねぇか? 空いてたから使わせて貰っただけだ」
「私、どれだけ眠っていた?」
「半日、ってぇところだな。思ってたより早く目ぇ覚めたな。これ以上眠ってるようなら街まで医者を呼びに行くところだったが、その様子だと大丈夫みてぇだな」
 頷き彼女は礼を言った。
 別にここで休まなくても回復はしただろうが、早くに回復したのはこの男の的確な処置のおかげだろう。恐らく眠っている間に水も飲ませてくれたのだろう。そうでなければ目覚めてすぐにこれほど身体が軽い訳がない。
「それにしても、だ。………何があった?」
 メレディスは立ち上がり、男の方を向く。
 なぞるように男の輪郭を見る。
 綺麗だと思う。
 顔の善し悪しではない。男は十中八九格好良いと称される顔立ちをしているが、それは彼女にとって何の価値もないことだ。
 彼女が綺麗だと思うのは男の内側から湧き出るような気配。
 これが、男の魂の色。
「毒を塗った剣でちょっと刺されてしまっただけよ」
「……ちょっとって、あんたなぁ」
「ちょっと、よ。多分もう、傷塞がっているもの」
「あっ、おいっ!」
 布に手を掛け乱暴に引っ張る彼女を見て、男が慌てたように止める。
 だが彼女が布を外す方が早かった。
 男は無理矢理引っ張ったことで傷口が開くのを想定していたように一瞬顔を顰めたが、すぐに怪訝そうな目つきでメレディスの腹部を睨んだ。
「……治って……いる?」
 メレディスの腹部にあったはずの傷はすっかり塞がっていた。
 否、傷自体が消えていると行った方が正しい。
 薬草と血の混じった色が付いているが、本当に怪我をしていたことを疑いたくなるほど綺麗な肌に戻っている。
「あんた治癒の心得があるのか」
「そんなところよ」
 メレディスは頷いた。
 厳密に言えば彼女の身体自体が勝手に傷を修復するのだが、別に説明の必要もないだろうと敢えて説明はしなかった。
「ところで少し聞きたいのだけど、あなた、ツィーダルという男を知っている?」
「ツ……? いや、知らねぇな。人捜しか?」
「そう‘こちら’に来ているのは知っているのだけれど、居場所が分からないのよ」
 彼女の言う‘こちら’は無論人間界の事を示している。
 しかし男はこの国、もしくは大陸という意味に取ったようだ。
「狭い地域じゃねぇから、探しにくいだろうな。どんな奴だ? 特徴はあんのか?」
「綺麗な男よ。燃えるような赤い髪と、常緑の瞳を持った男……それから」
「!」
 おそらく無意識だっただろう。
 男は真後ろに飛んだ。
 ほぼ同時に男は腰に帯びていた大刀を抜きはなっている。普通の人間ならば瞬きをするほどの間。
 常人にはあり得ない反応だった。
 これは幾度と無く戦いに身を置いてきた者の反応。
 メレディスは今まで彼のいた場所を薙いだ枝を振り切ったまま笑う。枝先が鋭利なもので斬られた感覚があった。しかし枝自身が気付いていない。ややあってようやく自身が斬られたのに気付いたのかぼとりと地面に落ちた。
「思った通り。貴方、強いわ」
「……てめぇ、いきなり何をしやがる」
 男が低く唸る。
 片手が小刀を引き抜こうとしているように腰に回っている。場合によってはここで戦闘になることも想定しているのだろう。男の瞳の奥に鋭い色が混じる。
 メレディスは先の切れた枝を放り投げた。
「ツィーダルも貴方と同じように二振りの剣を使うのよ。流派は違うようだけど」
「それを確かめるために、か?」
 彼は体勢を解かずに問う。
 メレディスは首を振った。
「違うわ、貴方と戦ってみたかったのよ。でも、まだ早いみたい」
「気を失う前にも同じ事言っていたな。……一体ぇ、どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。私も万全ではないし、戦うのならもう少し後でもいいと思っているの。……貴方も、どちらに転ぶか分からないから。どちらになっても未来が定まってからのほうがずっと面白そう」
 その言葉に反応するように、男の気配の鋭さが増した。
 寒気がするほどの興奮を覚えながらも、彼女は自分の殺気を押さえ込む。
 戦いたい。
 けれど、今はまだ自分も万全ではないし、何よりこの瞬間で終わらせてしまうのが勿体ないのだ。
「てめぇ……何を知ってる」
 何も、と彼女は肩を竦めて見せる。
「名前も知らない貴方のこと、知っている訳がないわ。ただ、予感がするの」
「……予感だと?」
「貴方と私はいずれ剣を交える事になる。今ではないけれど、そう遠い未来でもないわ」
「やけに自信満々じゃねぇか」
 くすり、と彼女は声を立てて笑う。
「この世界には、戦う路を避けて通れない者がいるわ」
「なるほど、違いねぇ」
 男はおかしそうに笑った。
 男は剣を収め警戒心を解く。いずれ戦うという言葉で警戒心を解く辺り、この男も戦いの匂いが好きなのだ。おそらく彼女と同じように命が尽きて果てるまで、戦いの匂いを忘れてしまうことは無いだろう。
「……先刻の男の事だ」
「なに?」
「赤毛で、二つの剣を使うと言ったな?」
「ええ。心当たり、あるの?」
 男は頷いて見せる。
「以前それに合致する男と手合わせしたことがある。結局決着は付けず仕舞いだったが、いい腕の持ち主だったな。ただ……」
「ただ?」
 促すように彼女は問う。
「名前が違う。奴は‘ゴンベ’と名乗った」
「ゴンベ、ですって? ……馬鹿にしているの?」
「知るかよ。そんなんは本人に聞け」
「そのゴンベという男は?」
「食いてぇモンがあるとか言って南の方に行くとか言っていたな」
「南……そう、ありがとう」
 言って彼女は衣服が濡れるのを厭わず水の中に入る。水の中に手を入れ、水の流れと方向を確かめる。
 男は不思議そうにその様子を見やる。
「ゴンベを追うのか?」
「そうね、当てがないから南に向かっても良いと思っているわ。……今度会った時、貴方に何かお礼をするわ」
「礼? 別にいらねぇよ。そんなモノが……」
 欲しかった訳ではない、彼はそう言おうとして目を見開いた。


 先刻までいたはずの女の姿は既にそこにはなく、さわさわと川が流れているだけだった。
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