オリキャラRPG<レディサイド>

ススム | モクジ

  闇を焦がしてなお蒼く 序  

   



 戦渦の中心にいるのは、蒼い髪の女だった。
 髪が揺れるたびにその髪に括り付けられた小さな鈴が涼しい音を立てる。
 戦場にあまりに不釣り合いな音色に人々はこれは悪い夢なのではないかと思った。
 女の髪は青く膝まで届くほどの長髪であり、白い肌を包む衣服もまた蒼い。僅か赤く染まったものは女自身の血か、それとも、誰かの血か。
 誰かを惑わすような金の瞳は酷くつまらなそうに鈍く光っている。街で出会ったのなら覚えず振り向いてしまうような蠱惑的な外見をしているが、戦場に立つ彼女はまるで死神のようだった。
 この女の姿をした蒼い死神ただ一人が、その一隊を壊滅にまで追い込んでいた。
 だからこそ、居合わせた人々はこれは誰かに見させられている悪い夢なのだと思った。いずれ目が覚めれば変わらない日常が待っているのだと信じた。
 否、信じたかった。
 だが、信じがたいことに現実であり、精鋭を集めて討伐に向かったはずの一隊はたった一人の為に全滅しようとしている。
 それではいけない、と男は思った。
 このままでは終われない、このままでは仲間も浮かばれない。卑怯な手段ではあるが、そうしてでも狩らなければこの死神は世界の全てを滅ぼしてしまうだろう。
 男は腰に下げた剣を抜き、息を殺して女に近づく。
 女は他のものに気を取られているのか、男に気付いている様子はなかった。足下に絡んだ何かを煩わしそうに剣でなぎ払う。
 瞬間、僅か隙が生まれた。
 男はそれを狙って女に突進した。
 構えたままの剣は女の身体を真っ直ぐ貫いた。
「痛いわ」
 澄んだ声が無感情に呟く。
 その口元には笑みが浮かんでいる。
 反射的に男は真後ろに飛んだ。刹那、先刻男の首があった場所を正確に女の剣が薙いだ。
 判断が遅ければ男の首は今付いていなかっただろう。
 悟り、男はぞっとして女を見る。
「ひどいことするのね。これ、毒かしら?」
 くすくすと笑いながら女は背中から腹部にかけて貫かれた剣を抜いた。
 毒と分かっていて女は平気そうな顔をしている。
 実際に殺せるのかは分からないが、竜すらも殺せると言われるような猛毒を塗った剣だというのに、女は顔色一つ変えていない。
 男は蒼白になった。
「……ば、化け物」
 男の呟きに女が楽しそうに笑う。
 それはあまりにも不似合いな声音。
 穏やかで甘美な匂いを含んだ女の声だった。
「鈍いのね、ようやく分かったの?」


   ※  ※  ※  ※

 海の水で血で汚れた肌を洗い流すように、彼女は海水に潜った。
 夜の色の深い海は月とどこかの漁船の漁り火を反射しきらきらと輝いている。揺れる水面を下から眺め彼女は静かに目を閉じた。
 人であるならば既に意識を手放しても良いほど長く彼女は海に潜っている。だが彼女にとって水の中にいることと、大地の上にいることに関して区別がない。むしろ水の中の方がよほど彼女にとって自然な場所だった。
 ふと腹部に触れ、彼女は顔を顰めた。
(……?)
 先刻の戦いで追った傷が癒えずに残っている。
 この程度の傷、既に消えていても良いくらいのものだ。しかし背中から腹部に貫通した傷は未だ癒えることなく身体に残っている。
(……毒、のせいかしら)
 別に死に至るほどのものではない。
 もっとも死という概念を持たない彼女が死ぬことはなく、あるとしたら消滅することだが、どんな毒でも彼女を消すことは出来ない。
 だが毒に冒された傷口は異物を全て吐き出して仕舞うまで治るのを拒んでいるように思えた。
 幾度と無く戦場に身を置いてきた彼女はその身に数え切れないほどの傷を負っている。だがそれの殆どを水が癒してきた。消えないとすれば脇腹に残る創傷だけ。それは彼女の心が消えるのを拒んでいるからだ。
 だが……だからこそと言うべきか、こんな下らない傷を長く残しておくつもりはなかった。
 彼女は海の中で器用に方向を変える。
 夜も眠らず海を巡り続ける回遊魚に混じり彼女は陸地の方に向かって泳ぎだした。
 恐らく真水の方が治るのが早いだろう。
 ならば川へ向かうしかない。
 彼女は海岸から陸地に上がった。
「!?」
 不意に足下が崩れるのを感じる。片足を付き何とか転倒を免れたが、予想外に消耗している事を知って彼女は愕然とする。
 毒を拒む身体が早く吐き出そうとして全身を巡っているのだろう。
 こんな事で消滅してしまうような身体ではないが、身体が思うように動かないのは腹立たしい。
「……少し急いだ方が、いいかしら?」
 呟いて彼女は立ち上がり歩き始める。
 ふらついた足取りのまま彼女は夜の海岸を歩く。髪を束ねる赤い紐が解け、海岸の砂の上にぽとりと鈴が落ちる。それすらも気にならないほど消耗をしていた。
 長い時間歩いていただろうか。
 水辺から離れて歩いていたせいもあるだろう。酷く身体が重く感じた。
 水に辿り着くよりも早く、彼女は倒れ込んだ。
 横たわり、転がり、空を見上げる。
 ここはどこだろうか。
 どこか深い森の中のようだった。
 彼女は空に向かって手を伸ばす。
 水が欲しかった。
 雨を呼べば少しは変わるだろうか。
 不意に足音を感じる。
 彼女は少しだけ顔を動かし視線をそちらへ向けた。
「おい、あんた大丈夫か?」
 焦った風に声を掛けてきたのは無精髭を生やした男だった。
 少し、目が重そうだと思う。
 男は彼女の身体を支えるように起こした。
「………ず」
「……何だって?」
 男は発した彼女の言葉を聞き取れず、困ったように聞き返す。
「水」
「水が欲しいのか」
 肯定するように彼女は目を閉じて開く。
 男が一瞬ホッとしたような表情を浮かべるが、すぐにその顔は強ばった。その視線は彼女の腹部に注がれている。
「あんた、この傷は……」
「……綺麗な男」
「あ?」
 彼女は楽しそうに笑う。
「あの人ほどではないけれど、貴方、とても強そう」
「何言ってんだ。そんなこと言っている場合じゃねぇだろ」
 呆れたように息を吐く男の口調は柔らかだったが少し緊張が混じっている。
 その声音を彼女はぼんやりと聞く。
 少し、眠りたい気分だった。
 この男と交えて見たい。
 そう思うが眠りの衝動の方が勝っている。
 それに。
「……あなたは‘まだ’少し早いわ」
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