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大空に映す、

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「ケイの写真っていつも風景ばっかりだよね」
 写真部の壁に飾られた写真を見ながら彼女は笑った。
 歳は一歳年上。でも学年が同じなのは一年の頃体調を崩して入院した時、出席日数が足りなくなって留年したらしい。身体が弱いのかと尋ねると、彼女は身体が弱い感じなど微塵も感じさせない笑顔で笑った。
 彼女の肩からは一眼レフのカメラが下がっている。
 ポラロイドを愛用している自分が言えた事ではないが彼女の使うカメラは古い。デジカメが主流になった今時になってまだ愛用しているフィルム式のカメラ。それは去年辞めた先生から貰ったのだと彼女は言った。
 その顔があんまりにも無邪気に恋をしているような顔で、その時自分は視線を逸らした。彼女のそんな顔を見ているのが嫌でたまらなかったのだ。
「そういう先輩はいつも人ばっか撮ってる」
 振り返ると、ぱしゃりと音が聞こえた。
 近い位置でカメラを構えた彼女がなんの前触れもなくシャッターをきる。
「やめろって言ってるだろ、いきなり撮るの」
「ケイだってさ、先輩って呼ぶなって言っているのに、いつも先輩先輩って」
「先輩なんだから別にいいだろ」
 横を向くと、もう一度シャッターがきられた。
 抗議するために振り向いて、少しだけ目を細めて笑う彼女を見て一瞬何も言えなかった。
 彼女は笑ってもう一枚写真を撮る。
「誰もいない場所ってさみしいじゃん」
「……人の表情を封印するみたいですっごく嫌なんだ。気持ち悪いだろ。いつまでも残ってんだぜ?」
「そう? 楽しいとか悲しいとか、その一瞬がいつまでも残っているんだよ。素敵なことじゃん」
「でも先輩、自分の写真は撮らないよな」
「いーの。これは私の記憶だもん」
「記憶?」
「私の眼が、覚えているもの。私の記憶、私の思い出。私の視点じゃ私の手しか映らない」
 そう言いながら彼女は手を真っ直ぐ突きだして写真を撮る。
「私しか撮れない写真だよ。ケイの写真も寂しいけど好きだよ。だってそれはケイにしか撮れない写真だもん」
「何だそれ」
 褒められたのかどうか分からずそれでも好きだと言われ自分の顔が赤くなっていないかと目線を逸らす。
「ケイ、お願いがあるんだけどさ」
「ん?」
 彼女は部室の出入り口に立ってこの上のない明るい笑顔で言った。


「いつか、私の写真、撮ってね?」





 それが俺が見た彼女の最後だった。
 その日の夜、彼女は突然体調を崩し入院し、そして帰らぬ人になった。
 通夜に呼ばれ、布団の上に寝かされている彼女だったものを見て、俺は何も出来なかった。
 約束を果たすために向けたカメラも、ボタンを押せずに終わった。
 それは彼女ではない。
 彼女の抜け殻。
 彼女の写真は二度と撮ることが出来なくなった。約束を果たすことが出来ずに終わった。
 ただカメラを握りしめ泣き崩れる自分を、誰がどんな顔をして見ているだろうか。彼女は笑いながら俺をからかうように写真を撮っていただろうか。
 それから写真が撮れなくなった。
 風景にカメラを向けても、人にカメラを向けても、彼女ばかりがよぎりシャッターをきれない。
 やがて彼女の四十九日が過ぎた頃、一通の分厚い封筒が自宅に届いた。
 中には大量の写真と、短い手紙が入っていた。

『遺品を整理していた時に出てきたフィルムを現像した写真です。どうか貰って下さい』

 写真は、俺ばかりが写っていた。
 友人と笑顔で笑いあっている自分、写真を撮るなと怒っている自分、文化祭で女装をさせられている自分、あくびをしてしまりのない顔をしている自分。
 こんなに一杯表情を作っていたのかと思うほど色んな表情をしている自分がいた。
 彼女の目には、こんな風に自分が移っていたのだろうか。
 これが彼女の眼から見た、世界。
「……これ」
 最後の写真は彼女の手が映っていた。
 その奥には自分の姿がある。どこか恋するような顔で彼女を見ている自分。それに対し愛おしそうに伸ばされる彼女の手。
 彼女と話している時、自分はこんな顔をしていたのか。
「………」
 俺は窓を開けて空を見上げる。
 どこまでも澄み切った大空がそこにあった。
 大空に手を伸ばし、大空に瞼の裏に残った彼女の姿を映す。
 ぱしゃり、と短い音の後に、ポラロイドが写真を吐き出す。
 ゆっくりと浮かび上がる自分の手の向こう側に彼女が写る。


 やっぱり俺の写真には人は要らない。

 瞼に写る、表情かおがあるから。


                               『大空に映す、』 終
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