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‘永遠の友’
花を見ると暖かな気持ちになるのは、彼にとって花にまつわる思い出が暖かいからだろう。
ヒューフロストの騎士の家系に生まれたイヴェルは雪を見て育った。全てのものを白で埋め尽くしてしまう雪は、あるのが当たり前過ぎて好きなのか嫌いなのかも分からない。
ただその雪の時期に咲く赤い花は綺麗だと思う。
真っ白な雪に覆われながらも色褪せない緑の葉と赤の花。過酷な環境でも生き延びる術を知る強い花だ。
「寒椿ですか?」
「いや、山茶花だよ」
正確に言えば、山茶花と同じ種類の花、と言うべきだが、そこまで言う必要はないと感じイヴェルはそれしか言わなかった。
「昔住んでいた家の庭に生えていたんだ。お袋が昔誰かに貰ったとかで大切にしてたんだ」
「確か寒さに強い花でしたよね。王都でも育つんですか?」
「ん……まぁ」
アルフレドに問われ、イヴェルは曖昧に笑う。
いくら寒さに強い花とはいえ、さすがに一年の半分以上を雪で覆う土地だ。今考えればあの山茶花は‘特別仕様’だったのかもしれないと思う。
「山茶花より椿の方が寒さに強いと記憶してますが……どうして椿じゃないんですか?」
「花の散り方の違い、だな」
イヴェルは手元にある花を見る。
彼の母親は身体の強い人ではない。父親が騎士を辞めた後大きな港町に引っ越したのは母の為なのだろうと思う。過酷な王都ではなく、よりよい環境で静養させたかったのだと思っている。
実際母はその港町に移り住んでからは体調も良くなっているように思える。
母親に山茶花を贈った人は誰なのか知らない。ただ、その人が椿ではなく山茶花を選んだのは潔すぎる椿の散り方が、悲しかったのだろうと思う。おそらくそんな形で散るものを母に見せたくなかったのだ。
「優しい花なんだよ。だから、一番好きなんだ」
それでなくても母は花を見ると微笑む。
寒い場所で花があまりなかったから、その暖かな色に癒されるのだろう。どんな高価な宝石より、どんな綺麗な衣服より、母は花束を喜んでくれる。だからイヴェルは母への贈り物は花と決めていた。
「でも、山茶花を贈るのではないんですね」
「まぁ、引っ越した先の庭に挿し木で移したからなぁ……。いつも庭にあるのを贈るのもどうかと思って」
「いえ、アイさんへの贈り物ですよ。てっきりイヴェルさんの‘一番好きな花’を贈るのだろうと思っていましたけど」
「ん? だって‘母親の花’は送れないだろ? 俺は花が好きだし、大切な人には花を贈りたいって思ってる。でも、アイに山茶花を贈るのは違う気がするんだ」
言ったイヴェルの手元には桃色の花の飾りが付いた髪留めがある。
行商の子供が売っていた髪飾りで、見た瞬間、真っ先にアイの顔が浮かんだ。似合いそうだと思ったのだ。
「それで、それなんですね。イヴェルさん、その花の花言葉知っていますか? 確か、あなたはかわ……」
「だーっ! 言うなっ!」
言い切る寸前で止めたが、イヴェルはその言葉に恥ずかしくなって赤くなる。
知っていて、やはり彼女に似合う気がしたから贈ると決めたけれど、改めて口にされると奇妙に恥ずかしさを感じる。
くすり、とアルフレドが笑う。
「喜んでくれると良いですね」
「ん……そうだな」
彼女は喜んでくれるだろうか、と思う。
笑ってくれればいいな、と思う。
最初に会った時は、少し表情の乏しい子だと思った。けれど、何度も会ううちに色んな表情を見せてくれるようになった。可愛いと思った。色んな場所に連れ出して、もっと色んな顔を見たいと思った。
何より笑って欲しいと思う。
「あ、そうだ」
「?」
「お前にも用意したんだ。必要ないかもしれないが、同じ所で見つけたやつ」
言って彼は小さな紙袋を渡す。
中には銀細工で出来たしおりが入っている。本をすぐ読んでしまうアルフレドにしおりというのはあまり必要ない気がしたが、見た時にやはり彼を思い出したのだ。
「ボクに……ですか?」
「何で照れてんだよ」
「いえ……何だか嬉しくて。開けてもいいですか?」
「ああ」
笑って促すと彼は紙袋を開いて見る。
銀細工のしおりには花の絵が彫られている。
それを見てアルフレドが更に赤くなった。
「おまっ、赤くなんなよ、俺が恥ずかしいだろうが!」
「……すみません、でも、嬉しくて」
「くそっ……花言葉知っている奴に、花なんか贈るんじゃなかった」
つられて赤くなったイヴェルは少し毒づいた。
少し不安そうにアルフレドはイヴェルを見返す。
「……返しましょうか?」
その顔に、イヴェルはたまらず吹き出す。
「ばーか、大切な奴には花を贈りたいって言っただろ。使わなくてもいいから、突き返すなよ」
「はい、大切にします」
「……ん」
照れ隠しに短く答え、イヴェルは少しさめかけたお茶を口にする。
アルフレドに贈った花の花言葉は………
『‘永遠の友’』 了
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