ORPG大運動会

競技会場の中心で愛を叫ぶ

 


 ぱん、と大きな音が響いて走者が一斉にスタートをした。
 場所はインテグラ。現在三日間に渡る大運動会が開催されている最中だった。競技は「借り物競走」すでに何度目かの競走が終わり、第×回目のレースが始まった。
 その第2コースを走るのは隻脚の男だった。
 杖を付きながらの走りだったために他の走者からやや遅れはしたものの、中間まで走った時点で青い顔をしている壮年男性よりよほど早い走りぶりだった。
 杖の青年、イヴェルは片足屈伸で下に落ちている封筒を取って開く。
「は? なんだこれ?」
 紙に書かれていたのは‘愛’の文字。
 愛。
 つまりLOVEだ。
「抽象的だな……」
 本来は彼の封筒には‘イヴェル=クルックスの著書’という簡単でありながら、彼を悶死させる事の出来るくらいの破壊的な文字が書かれていたが、誰かの悪戯で難易度の高いものへとすり替えられていたのだ。
「愛を持ってくるって……どうすりゃいいんだよ」
 紙を片手に彼は周囲を見渡した。
 いちゃついているカップルは愛だろうか。それとも影からこっそり見守っている青年が愛だろうか。いっそ父親を捜し「家族愛」というのも手だろうが、何故だか気恥ずかしい気がして却下する。
 直前の準備に追われ、やつれたアルフレドを連れてくる気にはなれない。もっとも、友情は愛には含まれないだろうが。
(愛……アイか……)
 不意に彼女のことを思い出し、イヴェルは微笑む。
 それならば条件を満たしている気がする。
 くるりと踵を返し、イヴェルは観客席の方に向かった。観覧のターナカ一族の集団の前を通り抜け、彼女の元まで進む。
 瞬間彼女の戸惑っている顔が見えた。傍らにいる人間を見てイヴェルは慌てて彼女を引きはがす。
「アンタ、何してんだよっ!」
「おー? お前、アレだなアレ! それのアレでアレ!」
 見知った男はアドニアの国王を名乗る男だった。俄に信じがたい事だが、事実であることをイヴェルは知っている。
 もともと顔が黒いためにどれだけ酒を飲んでいるのかが分からなかったが、片手に酒瓶と、どこから持ってきたのか誰かの銅像を掴んでいる。
 見かけからも随分飲んでいる事がわかる。
 元々酒の強い人だ。どれだけ飲めばこうなるのか甚だ疑問だったが、イヴェルは噛み付くように言う。
「酒臭っ! そんな状態でナンパするなってーの、彼女困ってるだろ」
「あーん? お前、それのアレか」
「どれだよ」
「あー? 何でわかんねーんだよ」
「分かるわけな……」
 言いかけて寒気を覚えたイヴェルは口を噤む。
 王の背後に何やら不穏なオーラを出す人間がいる。
「………陛下」
「おー、アリィ! お前、アレだアレ!」
 現れた青年を見てイヴェルはホッとする。
 彼のことは知っている。王の家臣、アリオトだ。
「アレじゃねー!! あんたって人は、他人に迷惑をかけるなと、あれほど……!」
「あはは、アリィアリィ!」
 上機嫌でアドニア王は家臣の頭をなで回す。びし、と青筋が浮かんだのを見て、イヴェルは咄嗟にアイの耳を塞いだ。
 瞬間、彼の怒号が鳴り響いた。



 凄い声を聞き、回収されていく王を見送ったイヴェルはようやくアイに向き直る。
「あ、あの……」
 普段から少しおどおどした風があったが、今日の彼女は妙にもじもじしているように見えた。上着を伸ばそうとしているのか、必死に引っ張っている。
 見れば普段の彼女にはあり得ないほど露出した服を着ている。
 仲のいいシュシュにでも貰ったのだろうか。普段露出の低い彼女しか知らなかったイヴェルは少し新鮮な印象を覚える。
「それ」
「え……」
「いいな。似合ってるよ」
「えっ……あっ」
 彼女は真っ赤になる。
 照れる様子も可愛らしいな、とイヴェルは思う。彼女たちの持っている痣に関して興味があり声をかけたのだが、今ではいい友人関係になっていると思う。そして、彼女を女の子として可愛いと思っているのも確かだ。
 引っ込み思案で、それでいて惚れっぽい彼女。いつも本ばかり読んでいて時々どこかへと連れ出したくなるのだ。
「あの……イヴェルさん……」
「あ、そうだった。借り物競走の途中なんだ。一緒に来てくれないか?」
「え? わ、わたし?」
「そ、アイ」
 言ってイヴェルは彼女の手をとった。
 先刻以上に彼女の顔が赤くなり、少し笑いが漏れた。
 彼女を連れてゴールまで行こうとした瞬間だった。彼の前に複数の人間が立ちふさがる。イヴェルと同じ回で競走しているはずの男達。
 無言でイヴェルは自分の紙を見せる。
 男達も無言で紙を見せた。
 刹那、イヴェルは彼女を肩に担ぎ、ゴールに向けて一目散に走る。
「えっ? ええー」
 アイが戸惑った声を上げたが、構っていられなかった。
「お前ずるいぞ!」
「ずるくねーよ!」
 男達の紙にも「愛」の文字が書かれている。
 おそらく、苦肉の策で彼女の元まで来たのだろう。自分とはニュアンスが違う、と言いたかったが、追い掛けてくる男達は聞く耳をもっていない。
 借り物競走から一変して「アイ争奪戦」に変わった先頭で、イヴェルは肩に少女を抱えながら杖で走り抜ける。
「アイちゃんをわたせー」
 叫ばれ、回り込まれ、イヴェルは叫ぶ。
「だーから、アイは誰にも渡さないって言ってんだよ!」
 言い切った瞬間だった。
 一瞬あたりがしんと静まりかえる。
 しまったと思い口を塞ぐが既に遅かった。
 わっ、と会場が沸きかえった。
『おーっと、ここでいきなりの愛の告白だぁ!』
 実況する声を聞いてイヴェルは赤面する。
「や、ちが……」
 ちらりと横をみやると、抱えていた少女が口元を押さえてこちらを見ている。彼女の耳まで真っ赤になっていた。
「あ、えっと……」
 結局そのレースはイヴェルが一着ゴールをしたが、公開告白をしてしまったイヴェルは半日ほど周囲にからかわれ続け、心に軽くダメージを負ったのだった。

                          

                       『競技会場の中心で愛を叫ぶ』 終

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