オリキャラRPG<ヒルトサイド>

ススム | モクジ

  うたかた  







  「痛み」ほど純真で鮮烈なものはない。
  それがなければ、彼女を失って生きていく事など出来なかった。



 高地にあるアドニアは規模こそ小さい国であったが、古くから存在する。その守りは堅固であり、切り立った崖の上にある王城は難攻不落の要塞とまで言われた。
 こんな辺鄙な所にある城が要塞と呼ばれるには少し事情がある。
 アドニアは鉱山をいくつも有しており、そこから魔力を含んだ鉱石や良質の金や水晶などが採れるのだ。他の国から見れば宝の山と言ったところだろう。しかしそれは昔の話であり、今は鉱山から殆どものが取れなくなった。
 それでも宝の存在を信じて襲ってくるものは絶えない。
 アドニアはそんな他国からの攻撃に備えいつでも反撃出来るようにと軍事の備えが万端になっている。その一方で軍事面に労力を裂くために他のことが疎かになり一方では貧困の民も出るほどの国だった。
 何年も続く戦争という自体に国民達は困窮し、時には何千何万もの民が餓死してきた。
 その国の下級貴族の家系であるロニスの長男として生まれた少年は生まれつき身体が弱かった。しかし、思春期にさしかかる頃、突然背が伸び始め身体付きも頑丈なものになっていった。
 十五歳になるころには他の大人達に勝るとも劣らない偉丈夫となり、一目を置かれるようになっていった。彼は王女の護衛として城に入り、僅か一年足らずで様々な功績を上げ、王女カサンドラと婚姻を交わした。
 アドニア王にはカサンドラ以外に幾人か子があったが有事の際事故で命を落とし、王の直系はカサンドラ一人だけだった。故に王女と結婚したロニスの長男は事実上王になることを認められたのだった。
 無論、多くの反発はあった。
 だがヒルトはほんの僅かの繋がりでも最大限に利用し、反対する者達を黙らせるどころか味方にまで付け十八になった年、王の病死をきっかけにアドニア王として即位をした。
 僅か三年。
 下級貴族であったヒルトはその短い間に王にまで上り詰めたのだった。
「お前知っているか? おれの父を殺したのはお前だと噂されているそうだぞ」
 カサンドラは馬にまたがりながら笑った。
 即位式の翌日のことだった。
「その割に昨日は随分な盛り上がりだったじゃねぇか」
「お前は苛烈な王を弑逆した英雄だそうだ。おれの親父も随分と嫌われたものだな」
 少女にすら見える小柄な女が笑う。
 赤い髪を一つに編んで垂らした彼女は王女と言うよりは女騎士のように見える。アドニア特有の浅黒い肌に印象的な瞳。口も行動も男のように乱暴であったがその顔立ちは美しく体つきも細く頼りなく見える。そのくせふっくらとした胸は立派なもので、極上の美女にさえ見えるだろう。
 現に多くの国民が彼女を大人しい娘だと思っていた。ヒルトを良く思わない者達の中には彼女を玉座簒奪のために利用されるだけの哀れな娘という者さえいた。
 だが実際の所、ヒルトに玉座をすすめたのは彼女であり、口に出して名言こそしなかったが、兄たちを死に至らしめたのも彼女の差し金だったのだろう。兄たちはカサンドラを女と見て侮っていたし、彼女も父親に似て苛烈な性格の彼らを嫌っていた。そんな王女は兄弟達の訃報を聞いても眉一つ動かさなかった。ただ優美に笑って当時まだ親衛隊だったヒルトに「これで玉座が近くなった」と笑って見せた。
 恐らく今回の王の死亡も彼女が関わっているのだろうと思った。
 それでもヒルトはそれを彼女に問いかけたりはしなかった。
 必要もないからだ。
「娘の癖に酷い言いようだ」
「おれはな、親父のことは好きだったが尊敬はできなかったんだ。そのくせお前はいい。尊敬できるし結構好きだ。それに頑丈でちょっとくらいどついたってびくともしない」
 おちょくるように笑い出した女を睨んでヒルトもまた馬にまたがった。
「夫にテーブルを投げつけるのが‘ちょっと’なのか?」
「あれはお前が悪い。美人だからって鼻の下伸ばしやがって」
「ご婦人の相手をするのだって立派な王の仕事じゃねぇか」
「お、開き直るのか? 言っておくがあの女は止めておけ。美人だが性格が悪いし利用価値もない。側室持つならせめておれの目にかなう奴にしろよ」
 ヒルトは笑う。
「何だ、浮気推奨か?」
「ばーか、浮気は許さねーよ。でも必要なら側室を持て。俺はお前の隣を誰にも譲るつもりはねーけど、お前が必要なら許す。……あの国の王が姫を寄こすってなら、もらっておけよ」
「とんでもない醜女だったらどうする?」
「目でも瞑っておけ」
 彼女は手綱を握って馬を走らせる。
 ヒルトもそれに倣った。
 人のいる前では王妃としてしとやかに振る舞うカサンドラだったが、ヒルトの前でだけはこうして振る舞う。
 彼らは夫婦であり親友であり、何より固い誓いによって結ばれた二人。
 国を立て直すこと。
 多くの民が幸せになれる国にすること。
 自国の民だけではなく、他の国も支えられる力を持つこと。
 二人の立てた誓いは甘い理想論のようでもあったが、それは痛みを伴う程激しい感情から来るものであった。
 国の困窮を身をもって知っているヒルトと、それを見ながらも自分は王城で何不自由なく暮らしてきたカサンドラ。育ちこそ違ったが、思う感情は同じだった。
 故に誓いを立てたのだ。
 それを実現不可能だと思ったことはない。むしろ王になる玉座に座るのであればそれを実現するのは責務なのだ。
 アドニアの先代王はそれを見失っていた。兄たちは自らの功績を上げることばかり考えて見向きもしなかった。
 唯一、カサンドラが見てきた男達の中でヒルトだけがこの国の王としてふさわしいだけの資質があった。
 だから彼女はヒルトを選んだ。
 兄を捨て、父を捨て、自分が哀れと囁かれることになっても、その片側を自分が持ち続けることを覚悟の上で。
「ヒルト!」
 先を行く馬の上からカサンドラが叫ぶ。
「お前は絶対死ぬな」
「そりゃこっちのセリフだ」
 言ってヒルトは馬を走らせながら剣を抜きはなった。
 その日が王としてのヒルト・リ・アドニアの初陣となった。

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