オリキャラRPG<ジル&エラム>

ススム | モクジ

    小夜嵐 1  






 鬱蒼と覆い茂る木々に囲まれた街道を進んでいた。
 辺りはもう暗くなりかけている。急いで次の街にたどり着かなければ野宿になってしまうだろう。
「全く、御主といると心臓がいくつあっても足りぬ」
 横を歩く男に文句を言われて、ジルは苦笑した。
「だから私に付いて来ない方がいいと初めに言ったのだけどね」
 彼と最初に出会った時からどれくらいの年月が経過しただろうか。情報屋の立場を取る男に接触したのは当時どうしても欲しい情報があったからだったと思う。正直随分と前の話であるために覚えていない。散々無視された挙げ句、ようやく話が出来たと思ったら法外な値段をふっかけられた事だけは覚えている。
 別にそれを恨みがましく思ったことはない。ただ、当時の彼の瞳が酷く曇っていたのを強く覚えている。
 人を諦めてしまった瞳。
 それだけで彼が過酷な状況を抜けて生きてきた事が分かった。
「御主はいつもあのような危険な戦いに首を突っ込むのかのう? あれで良く今まで生きてこれたものじゃ」
「故に、世間では私は不死身と呼ばれているようだね」
 くすくすと笑いながらジルは言う。
「しかし、それではまるで私は人でないかのようではないかね?」
 ふん、と嘲るようにエラムが嗤う。
「御主のようなものが、人であるわけがなかろう」
「私は人だよ」
「よくもいう」
「私は生まれてこの方、人を諦めたことはない。だから私は人なのだよ」
「それは人ではない何かが勝手に人と思いこんでいるような台詞じゃの。我も御主も、人の寿命というものを軽く追い越した時点で人では無くなってしまったのかもしれぬ。御主とてそう思った事が無いわけではないじゃろう?」
 確かにジルも彼も年齢を重ねない。
 エラムの身体がいつ成長を止めたのかは知らないが、ジルの場合は十二を過ぎる頃から徐々に成長が穏やかになっていった。髪や爪は伸びる。空腹も感じる。ただ、人として普通に生きているようでありながら次第に年を取らなくなっている。外見の年齢が二十代半ばを過ぎた頃には殆ど成長が止まったと考えていいくらいになった。
 不思議なことに食べずにいれば空腹を感じはするものの、暫く食べずにいても瀕死の状態になることはほとんど無い。食べるという行為自体あまり必要がないのだろう。その点は確かにジルの身体は普通の人間とは異なっていた。
「……エラム、私はね」
 言いさして、ジルは言葉を切った。
 右手が僅かにざわめく。
「どうしたのじゃ?」
 不意に黙り込んだジルを不審に思ってエラムが問いかける。
 ジルは手に巻き付けた布を直しながら言う。
「村にしては数が少ない。旅の一団にしては規模が大きいからキャラバンのようなものだろうね。ゆっくり休めそうだよ」
 エラムは少し表情を険しくさせた。
 殺気などと違い普通に生活をしている生き物の気配は少々わかりにくい。人の気配など感じられないにも関わらずキャラバンと言い切る事を訝った訳ではない。長い付き合いだから、エラムもジルが異常に生き物の気配に関して鋭い事を知っているのだ。彼が気にしたのはジルの言葉の最後の下りだった。
「その者達が真実善人であればの話じゃ。夜盗や追いはぎの類で無ければ良いのじゃが」
「穿った見方をする」
「御主は甘すぎるのじゃ」
 言われてかつて教え子にも同じような事を言われたのを思い出す。確かあの時はジルの財布を盗んだ子供をそのまま逃がした時だ。もう少しお金の大切さを知りなさいと、散々怒られた。その教え子とて、子供をどうこうしたかった訳では無いだろう。ただ、普段から金の管理を彼に任せきりで頓着をしなかったために怒られたのだ。
 曰く、子供にもお金にも甘すぎると。
 ジルはくすくす笑う。
「ならば賭けてみるかね?」
「何をじゃ?」
「そうだね、今夜の酒代はどうかね」
 エラムはにっと笑った。
「乗った」
 彼の言葉に頷いて、ジルは歩調を早めた。その後を少々警戒した様子でエラムが付いてくる。
 腕力や体力はともかくとして、剣術を学んだ経歴のあるジルの方が接近戦に向いている。こういった場面ではジルが先に行くことは暗黙の了解になっていた。
 進み始めると人の気配が濃くなり始める。
 耳に意識を集中させると人の話し声が聞こえた。煮炊きをする匂いが徐々に強まってきた。ジルが言ったようにそれなりに規模の大きい商隊のような風情だった。
 近づいていくと、相手もこちらの気配に感づいたのか、俄にあわただしくなったのが分かった。
「止まれ!」
 相手に叫ばれてジルもエラムもそれに従った。
 周囲を武器を持った男達が囲む。
 エラムは勝ち誇った顔で笑った。
「酒代は御主持ちのようじゃのう」
「それはどうだろうね」
 ジルは笑いを堪えるように口元を押さえる。
 気配を感じた時点で、ここに誰がいるか分かっていた。だから、初めから賭けになっていなかったことなんてエラムは知らない。
 多分、たった今ジルが崩した表情で感づいたのだ。
 何とも形容しがたい表情を浮かべて何かを言いかけるが、それは少女の声で阻まれた。
「お止めなさい」
 凛とした声。
 武器を持った男達をかき分けるように銀色に輝く髪を持った女が近づいてくる。その肌は少し浅黒く、少数民族の衣服を着ていた。
 彼女はジルの目の前まで来ると少しずるずるとした衣服を軽く持ち上げ会釈をした。
「お久しぶりです、シュゼルド先生」
「つつがなく暮らしていたかね、シーリィン」
「はい。先生もお変わり無く何よりです。変わりなくて少し羨ましい位ですね」
「ジル、この娘は何じゃ?」
 エラムが不機嫌そうに言う。
 話しぶりでジルの弟子であることは分かっているだろう。ジルは彼女自身の事を説明する。
「アドニア王ヒルトが長子、シーリィン・エア・アドニア。……アドニア王女だよ」
「……分かっておったのじゃな」
「だからゆっくり休めると言ったのだよ。……シリン、これはエスメラルダと言ってな、私の友……」
 ふん、とエラムが鼻先で笑い飛ばす。
「騙すような輩を友に持った覚えなどない」
「それは酷い」
「どっちが酷いと言うのじゃ」
 おかしそうにシリンは笑う。
「仲がおよろしいのですね」
 どこがだ、とエラムが小声で呟く。
「先生のお友達ならもちろん歓迎致します。どうかゆっくり休んでいって下さい」
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