それは至極当然のように

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『ジル、来ます』
 脳裏に響く声を聞いてジルは呪文を早める。
 補助する少女の呪文か間髪入れずに付いてきた。
 ずしん、と大きく鳴り響く音がある。
 巨大な魔物が迫って来ている。
 その魔物を追うように息を切らして走ってくる少年の姿が見えた。身体に無数の傷を負いながら、なおも魔物へ攻撃を加えている。
 魔物も少年からの攻撃を受けていたが、それでも街を目指す足を止めようとしない。
 まるで。
(……あれではまるで、無理に歩かされているようではないか)
 ずしん、と音を立てて魔物が近づく。
 きりりと右手が少し痛んだ。
 誰かが何か指示するように大声を上げる。とたん魔物の群れに向かって魔法が放たれた。
 群れの魔物達が次々と地に落ちるが、更に追いかけるように魔物が発生する。巨大な魔物はひるみもせずに進んでくる。
 どん、と思い足音を立てて魔物が近づく。
(先刻よりも巨大化している?)
 魔物がジルの魔法陣の中に踏み込んだ。
「……!」
 少女が渾身の力を込めて魔物に向かって力をたたき込んだ。光の力が魔物を捕らえ包み込んだ。
「‘闇よ、光を捕らえ監獄と成せ’」
 追い打ちをかけるように彼女の力にジルの呪術が覆い被さる。
 魔物が高く鳴いた。
 放たれた魔法の隙間を縫うように素早い身のこなしで少年がジル達の方に向かって走り込んでくる。
「ミルドさん」
 少女が悲鳴に似た叫び声を上げて彼を支える。
 血にまみれていたが衰弱している様子はない。その殆どが倒した魔物の返り血だろうか。多少怪我をしているが大事には至らないだろう。
「知り合いだったのかね?」
「はい。あの、ミルドさん、早く手当を……」
「それよりやったのか!?」
 ミルドとよばれた少年が彼女の言葉を遮るように叫ぶ。
 ジルは冷静に答えた。
「いや、まだだよ」
 今はあくまで動きを止めたに過ぎない。
 倒すにももう少し体力を削らなければ難しいだろう。
 不意に脳裏に言葉が響く。
『ジル、破綻します』
「!」
 反射的に彼は駆け出す。
 魔物の力が強すぎて抑えきれなかったのだ。抗うようにもがき苦しむ魔物の周囲の光がぎちぎちと引きちぎれそうな音を立てる。
 呪文を唱え、身を軽くさせたジルは剣に炎の力を乗せた。
 ばりん、と鋭い音を立てて魔法ので出来た檻が砕かれる。
 刹那、魔物の瞳がジルを捕らえる。大きな鋭い爪を持つ手が、ジルを切り裂こうと激しく振り下ろされた。反射的に身を引いたジルの目の前に魔物の手が落ちる。手早く飛び乗り、坂道を走り上がるように魔物の腕を伝った。
 ジルの剣が魔物の胸元を薙いだ。
 痛みに身じろいだ魔物が腕に乗った異物を振り払おうと大きく揺さぶる。
 振り払われたジルの身体は大きく跳ね飛ばされ地面に叩きつけられる。
「……くっ」
『ジル!』
 悲鳴に似た声。
 大丈夫だ、と目だけで合図を送り、跳ね上がるようにして起きあがる。彼の視界に魔物の背が見えた。
「いかん!」
 魔物が狙いをジルから外したのを見てジルは手のひらに魔力を集中させた。
 引き留めることが間に合わないのを微かに覚悟するが、一瞬、魔物の動きが止まり隙が出来る。
 それを見逃すまいとジルの手から魔法の矢が放たれる。間髪入れずに魔物に攻撃が加えられた。
 ミルドだった。
 少年はにっ、と笑みを浮かべる。
「あんた、それで良く生き残ってきたよな」
「生き延びるつもりだけなら至極簡単な事なのだよ」
 冗談めかして笑ってジルは剣を構え直す。
 少年が踏み込んだ。それを補助するように少女が呪文を唱える。ジルも魔物に飛びかかりながら呪文を口ずさんだ。
 ミルドの剣が魔物の胸部を裂いた。
 驚いた魔物が大きく手を振る。少年がその爪に掛かったように見えたが、彼は軽い調子で跳ね上がる。周囲に魔法の気配を感じた。
 ジルの切っ先が魔物を掠める。
 気を取られた瞬間、側面から再びミルドが襲いかかった。同時にジルが魔法を放つ。
「‘濃き霧よ’!」
 ふわりと立ち上るように生まれた霧は魔物の頭部を包み込みその視界を遮った。視界を塞がれ、でたらめに暴れ出した魔物の猛攻撃を受けながらもミルドは正確にそれを避けていく。
 その動きは舞っているようにさえも見える。素早さが成せる技だろう。
(……良い目をしているな)
 ジルは目を細める。
 動体視力はもちろん、意志の強い瞳をしていた。自分の能力に心酔して傲っているようではない。感じるのは街に魔物を近づかせまいとする明確な意志と、強さ。
 正義感に溢れた瞳を持つ少年は避けながら魔物に攻撃を加えていく。
 たん、とジルは地面に剣を突き立てる。魔力を帯びた剣はそこを中心に鈍く光る青の円陣を描く。
(あの瞳の前では恥ずかしい戦いは出来ぬ。……それに、そろそろだろう)
 輝く円陣から吹き出るように魔法の力が上がってくる。それは周囲の力を引き込むように渦を巻く。
「‘混沌を統べる異界の王よ’」
 強い気配を追って、魔物がこちらを向いた。
 ジルは手を天へ掲げるように突き上げた。
「‘古の盟約に基づき 敵を貫く剣と成せ’」
 上空に細く長い紺青の刃が現れる。
 ジルは目を見開いた。赤みを増した瞳の瞳孔が縮み縦に伸びる。
「行け! 紺青の剣」
 言葉に応じて上空の刃が魔物に向かって一直線に飛ぶ。
 魔物に避ける力は無かった。
 蒼い刃は魔物を貫き、魔物の口から耳を劈くような悲鳴が漏れる。
「留めを!」
 叫ぶとすぐにミルドが動いた。
 高く跳ね上がったミルドの剣が、魔物の脳天から真っ直ぐ落とされる。一直線に閃光のようなものが走った。
 ずしん、と重たい音が響く。
 それで終わりだった。
 魔物の頭部が大きく傾いだかと思うとそれはそのまま地面に倒れ込んだ。
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