(ORPG・アドニアサイド)

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彼方に咲く花

 魔物と戦うのは初めてではない。訓練も含め、今まで幾度となく経験してきた。だが、やはりこの瞬間は緊張をする。
 呼吸を整え、ぎりりと弓を絞る。
 手を離すと、指から離れた矢が空気を切り裂きながら魔物に向かった。エミリアは目を逸らさず二本目をつがえ、同じ目標に向かって放った。一本目の矢が当たり、苦しむ魔物の瞳に矢が命中をする。
 視覚を奪われた魔物を断ち切ったのは巨大な戦斧だった。
 戦斧を扱う黒い肌の男はまるで自分の手足を動かしているかのように正確に斧を振るっていく。その力強い体躯が繰り出す技の数々に見惚れ一瞬エミリアの手が止まった。
「気を散じるな、喰われたいのか」
 魔物に戦斧を降ろしながら男が言う。
 刹那、背後に気配を感じてエミリアは真横に飛んだ。鋭い爪を持った禽獣が彼をつかみ取ろうと降りてきた瞬間だった。エミリアは反射的に持っていた矢を捨て、小剣を引き抜く。
(間に合わない……いや、間に合わせるっ!)
 目を見開き、短い剣を突き立てようと急所を狙った。
「!」
 悲鳴を上げたのは魔物の方だった。
 だが、貫いた小剣は焦った為か僅か急所を外していた。次の攻撃を繰り出すのはどちらが早いだろうか。エミリアの小剣と禽獣の嘴、どちらが早いだろうか。
 思った瞬間だった。突き立てられたのは小剣ではなく大きな槍。
 一撃だった。
 迷わずに繰り出された攻撃が、禽獣の心臓を的確に貫いた。
「あっ」
 槍に驚き、エミリアはそのまま尻餅を付いた。
 槍はすぐに引き抜かれ、絶命した魔物の巨体がどさりと地面に落ちる。その背後に、青年の姿が見えた。
「ジズ、少しは助けようと言う素振りをみせたらどうだ?」
 文句を言われ、ジズは斧を降ろしながら笑みを浮かべた。
「見習いとはいえ兵は兵だろう。凌いでもらわなくては困る。それに、卿の姿が見えた」
 槍を地面に突き立てながら男は少しため息をついた。落ち着いた様子の青年の肌は白い。アドニアに古くから住む民族はエミリアのように褐色の肌をしている。だがアドニアが周辺の国々を統合し始め、アドニアに住む半数以上がこういった白い肌をしている。エミリアの母親も白い肌をしているし、珍しいものでもなかったが、エミリアはその青年を眩しいものを見るように見つめた。
「大丈夫か?」
 白い肌の青年はエミリアを立たせようと手を差し出す。
「や……」
「何だ?」
「やっぱり王都の方は凄いなぁ。………あっ、ありがとうございました、アリオト様、おかげで大怪我せずに済みました」
 手を借り立ったエミリアはアリオトに向かって深々と頭を下げる。
 すかさず後ろから声がかかる。
「いつまでもあのままでいられては困る。一線で戦うつもりならば、悪い癖を早く直した方が良いだろう」
「はい……申し訳ありませんでした」
 エミリアは項垂れた。
 既に前線で戦っている先輩兵士達の中には理不尽なことで怒るような人もいるが、彼らに限ってはそれはない。その時は酷い言われ方をしていると感じても、後で考えれば的確な助言をしてくれているのだと思える。まして今回のことは自分でも思っていた事だけに気が落ち込む。
 今回は万が一のことがあっても自分一人の問題で済んだが、場合によっては少しの間違いが大惨事に繋がることだってあるのだ。
「だが、目を瞑らなかったのは賢明の判断だ。前に言ったことは覚えていたようだな」
「え!? あ、はい! 覚えていて……あ、いや、あの………あの時は助言、ありがとうございましたっ!」
 賞賛するような言葉を貰ってエミリアは狼狽えながらも頭を下げた。
 戦闘に慣れるためだと時折後方支援的な役割で見習い質が戦場に連れてこられることがある。今回のそれもその一環だった。本来ならば口を聞くことすら許されないだろうロスト家の嫡男であるジズには以前にも付かせて貰ったことがあった。無論それは異例の事だった。
 少しでも良いところを見せたいと張り切り、逆に窮地に立たされてしまったエミリアは最後の瞬間を覚悟して目を閉じてしまったのだ。あの時はジズに助けられ事なきを得たが、いざというときに瞼の裏すらも見えなければ盲目であるのと同じだと叱責されたのだ。否、叱責と言うよりは非難に近いような口調で言われ酷く落ち込んだのだ。
 あの時とっくに見放されたと思っていたが、ジズ自身が覚えていた事に酷く驚いた。
「それで、アリオト、あちらは片づいたのか?」
「ああ、今ので最後だ。……今回は随分と多かったな。陛下が被害状況の報告を求めている。撤収後、南の隅塔に集まるようご命令だ」
 アリオトが少し顔を顰めたのを見て、ジズは笑う。
「陛下は今日も大暴れされたのか?」
「あれは大暴れではなくデタラメっていうんだ。全く、あの方の側にいると命がいくつあっても足りない」
「はは、確かに。並の心臓では陛下の側にも寄れぬだろうな。君も陛下の側仕えを目指すならば身体よりもまず心臓を鍛えた方がいいだろう」
「え? あ、あの、でも僕………自分は貴族階級ではありませんから」
 言うと、アリオトが僅か表情を緩めた。
「陛下は身分に頓着をされない方だ。ご自身の身分すら頓着されないのは問題だが、身分を気にすることはない。問題が起こるようなら形だけでも整えれば良いことだからな」
「陛下に直談判をして気に入られ突然側仕えになった例もあるくらいだ。身分を気にすることはない」
 アリオトが少し複雑そうな顔でジズを見る。少しむっとして睨んでいるようにも見えた。
 ジズはそれを眺めて楽しげに笑って見せた。
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