オリキャラRPG<ジルサイド>

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  星落としの禁呪  





「……星落としの禁呪は大罪であるぞ、水輝」
 壮齢の男は血が滴り落ちる剣を払って膝を突いた。
 彼の呼吸は荒い。額には珠のような汗が浮かんでいる。
 衣服が紅く染まっているのは彼自身の血か、あるいは。
「確かに我々が何度試算しても星の衝突は免れない。周期を改めねば世界は滅びの道しか歩まない。そして回避する方はどちらかの星を犠牲にするより他あり得ない。……わかっておるのだよ」
 男は剣を支えにするようにして再び立ち上がる。
「私とてほんの僅かでも救える手があるのならば、大罪を背負うことになってもやぶさかではないと思うておる。だが、まだその時ではない。せめて新しい星を支える王達が無事に成長を遂げるまで。……それに、そなたには無理なのだよ、水輝」
 彼は薄暗い部屋の中で倒れたまま動かなくなっている男を見る。
 彼は自嘲するように笑う。
「……聞こえておらぬか」
 その男は白い獣の混じった人の姿をしていた。精悍な顔立ちの男は人で言えば、まだ四十半ばにさしかかった頃だろう。苦悶に顔をゆがませて、見開かれた瞳は何かを睨め付けるように虚空を仰いでいる。
 彼に言い訳をしたいわけではない。
 おそらく、言ったところで彼には通じない。こんな状態になってしまっては彼自身が理解しようとはしないだろう。だから彼に言い訳する必要なんかない。
 本当に言葉を聞かせたいのは自分自身だ。
 そうでもしなければ「親友」を殺した自分を正当化することなど出来なかった。
「すまなんだ、水輝。そなたともう少し話す猶予があれば、あるいは道が変わっていたのかも知れぬ。……休まれよ、友よ。星の事は、我が一族に任せて先に休まれよ」
 幾億もの魂を一瞬にして無に返そうとした、優しい親友。
 彼は全てが自然に無に帰ってしまうよりもほんの僅かでも残す手だてを探していた。そして行き着いた先が星を落とす禁呪‘恒星落陽’だった。
 この星界が生まれて幾度も星は滅びと再生を繰り返してきたという。それを改めるのは並大抵の力で出来ることではない。親友である水輝王にはそれだけの力は無かった。力があるのはむしろ孫娘の方だ。
 彼の孫娘ならば恒星落陽で全て滅びるはずの世界から、ほんの僅かな人間達を救うことが出来るだろう。だが、それは力で多くを殺してしまうもの。罪を管理する者は定められた法に基づき彼女を英雄ではなく大罪人として扱う。犠牲になった魂の分、罪となって一人にのしかかるのだ。
 その罪は途方もない苦しみを与える。生まれ変わることさえ赦されない。生まれ変わったとしても、魂の罪を償い続けるしかない。
 その苦痛を‘まだ生まれもしていない孫娘’に背負えとは言えなかったのだ。
 だから彼は強行に走った。
 無理矢理詰め込んだ知識で起こそうとした。一気に流れ込んだ知識は彼の脳を蝕み、彼を彼でないものに変えてしまった。彼に残ったのは唯一、恒星落陽を起こすという目的意識のみ。
 だが、それはもはや歪みしか生じさせないものだった。
 彼には出来ない。
 水輝王呼ばれていても、彼には恒星落陽を起こすことは出来ない。まして、自分の意識を手放してしまった彼には到底不可能な事だった。最早、彼自身が世界の歪みでしかない。
 言葉も通じなくなった親友に、彼が下した決断は、殺すこと。
 気づくのが遅すぎたのだ、と彼は思う。
 もっと早くに親友の変化に気づいていれば、あるいは止められたかも知れない。
 涙なんて、安っぽい感情を流すことさえ赦されない気がした。
「すまなんだ、水輝王……我が友、ラファ」
 壮齢の男は親友の目を閉じさせようと右手を伸ばした。
 その瞬間だった。
 男の瞳がぐるりと回転をする。
「!」
 反射的に彼は身を引いた。
 だが男の鋭い牙が彼の手を貫いていた。
「シュゼルド様!」
「来るでない!」
 慌てて駆け寄ってくる気配に彼は鋭く言い放つ。
 親友は確実に死んでいた。だが、何かが、彼の身体を動かしたのだ。
 彼は自分の手の甲を押さえ込む。
「……っ」
 激しい力の反発があった。
 同時に「何か」が彼の脳の中に流れ込んでくる。それは明確な意志と、壊れた星を哀れむ感情、そして、いつかの自分と親友の姿。
(……ラファ……そなた)
 幼い頃、森の深くで出会った獣の子。
 はじめは互いを恐れていた。だが、お互いに好奇心が勝っていた。そして恐れが慈しむ気持ちに、好奇心が友情に変わるのには大して時間は必要なかった。
 自分は魔法と神聖文字を教え、彼は自分に狩りの仕方を教えた。狩りは、自分には才能があったとは言えないけれど、小さなウサギを初めて狩ったとき、彼が自分以上に喜んでくれたのが嬉しかった。
 種族が違っても二人は親友だった。
 お互いの立場を知ったのは随分と経ってからだった。
『ぼくは水輝王の息子は人の姿と思っていたぞ』
 幼き日のシュゼルドが言うとラファは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
『それはおれの父上が水輝王である母上に噛みついたからだ』
『かみついて子ができるのか?』
『他の獣人には無理だ。獣王だけは特別だ。見ろ、ルド、おれのここにもう一本牙があるだろう? これは獣王の血を引く者の証だ。これで人間の女に噛みつけば、子を成すことが出来る。……言っておくけど、父上は母上の事を愛しているんだぞ』
 最後のはまるで言い訳のようでシュゼルドは少し吹き出した。
『なんだよ』
『いや、なんでもない。それ、男に噛みつけばどうなるんだ?』
『憎しみを持って噛みつけば一撃で殺せる。毒があるんだ』
 獣の少年はきらりと輝く鋭い瞳でシュゼルドを見る。
 シュゼルドはくすくすと笑った。
『呪王でもか?』
 獣の少年もくすくすと笑う。
 王と名の付く者達は人とは違う理で生きている。故に、人であれば一撃で殺せるものでも、王達にはまるで利かないことも良くあるのだ。シュゼルドがいずれ呪王になることは定められている。同じようにラファも獣王の血を半分引いているものの、水輝王になることが定められている。故に、お互いに人の理では生きてはいない。
 どちらが勝るのか。
 その問いに獣の少年は冗談のように答えた。
『呪王でもだ、多分だけど』
『それは怖い。ラファの恨みをかわぬようにしないとな』
 言うと、獣の少年が不意に真剣な眼差しを向ける。
『おれがルドを恨むことはない』
 からかうように、シュゼルドが続けた。
『なら、君がぼくを噛んだらどうなるんだ?』
『噛んだときに教えてやる。……いや、全て分かる。でもそれはおれが先に死ぬときだけだ。じゃないとルドに恨まれる』
『ぼくが、ラファを?』
 獣の少年はくしゃりと笑った。
『ルドは見かけよりずっと寂しがりだからな。おれがいなくなって、自暴自棄になってしまったら困る。だから……』

   側にいる。おれはずっとルドの側にいるから。

 痛みが蘇る。
 シュゼルドは右手を押さえ込みながら初めて親友の言葉を理解した。
「大旦那様!」
「大丈夫だ、問題ない」
「しかし……!」
 手の甲からおびただしい血が流れていた。それは血の溜まりを作り、ゆっくりと広がっていく。
 痛みは徐々に徐々に薄らいでいった。
 いや、意識が遠のいていく。
 分かっていた、最初から。
 ラファが何のために恒星落陽という大罪に手を出したか。何故、まだ生まれてもいない孫娘の為にそこまで急ぐ必要があったのか。
 情の厚い男だったが、まだ生まれていない所かその兆しのない子供の為に、彼がそこまでする理由はない。生まれることは知っている。それが娘で水輝王になることは定められている。けれど、まだいない子供。そのために彼が急いだ訳ではない。そんなのはただの言い訳に過ぎない。
 真実なんて、簡単なことだ。
 はじめから分かっていた。
「……ラファ……ラファイエット」
 シュゼルドは右手を強く抱きしめた。



 お前が罪を犯したのは、全ては、私のためではないか。


 
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