orpg・ジルサイド

ススム | モクジ

  続かない夢の先 上  

 不意に気配を感じ、ジルは目を開く。
 街道脇にある木の下で仮眠を取っていた彼に近づく気配はよく知る者の気配だ。ほっと息を吐いて、ジルは再び目を閉じた。
「どうせ狸寝入りじゃろ?」
 自分を覗き込んだ気配を感じてジルは少し笑う。
「ぐっすり寝てるよ」
「大嘘つきめ。どこに寝ているのに寝ていると返す奴がいると言うのじゃ!」
「いてもいいと思うのだけどね」
 笑ってジルは目を開く。
 呆れたように腰に手を当てながらエラムが立っている。
「全く、久方ぶりに会ったと思えば、我まで撒くような真似をして……」
「フィーに見つかりそうだったからね。君は私に撒かれるほどかわいげがあるようには思えないがね」
 言うと、じっとりと睨まれる。
「それは我をけなしているのかのう?」
「褒めているように聞こえないかね」
 笑って、ジルは彼の顔を見つめる。
 嫌そうな顔をしていたが、ジルの視線がいつもと少し違うことに気付き、彼は不思議そうに目を瞬かせた。
「……なんじゃ、我の顔がどうした?」
「いや、悪い夢を見てね」
「悪い夢じゃと?」
「君が出てくる夢だよ」
「ほう……せっかく我が出たというのに悪夢と言い放つか」
「だから悪夢だったんだ。私が君を殺そうとする夢だったから」
 不穏な言葉を穏やかな口調で言われ、エラムはさすがに驚いたようにした。
 座ったらどうか、と促すと、彼は素直に腰を下ろした。
 普段は見た夢の話などしないジルが穏やかではない夢を見たと告げた事に何か違和感を覚えたのだろう。
 エラムは少し心配そうにジルを見た。
「夢とはいえ、あまり気持ちよくはないのう。……なにゆえ我が貴殿に殺されねばならなかったのじゃ?」
「夢の中の君は酷く傷ついていた」
 ジルは先刻見た夢の内容を思い出しながら言う。現実的すぎて、吐き気がするほどの夢は目が覚めた今も脳裏に焼き付いて離れない。
 こんな夢を見たのは久しぶりだった。
「君は長い月日で心をすり減らし、人を嫌い、魔王に荷担していた」
「あり得ぬ話ではないがのう。我は人間というものを好かぬ。それに、客人であれば魔であろうと悪であろうと構わぬからのう」
「そうじゃない。人を滅ぼすために荷担していたんだ。だから仲間も平気で襲い、非道の限りを尽くしていた。……そう言えば夢の中の君は私を懐柔しようと必死だったね」
 くすくすと笑いを漏らすと、不機嫌そうにエラムが睨んでくる。
「貴殿の夢の中での話じゃろう」
「そう、夢の中での話だよ」
 だから笑って話せるのだ。
 あれが現実だったら苦しくて仕方がない。弟子達を盾にしてまで自分を引っ張り込もうとしている彼は、自分を「滅ぼす対象」に入れまいとして必死だったようにも見える。だが、人としてウィンクルムを生きてきたジルにとって、人間は自分さえ助かればどうでもいい存在ではない。だからといってエラムの差し出した手を荒く振り払えるほど、彼の事をどうでもいいと思っている訳ではない。
 むしろ逆だ。
 大切な友人だから、間違った方向に行ってしまった彼を見て苦しくなる。その手を握って彼が楽になるのならば、それでいいのかもしれないと思ってしまう程に。
「君は誰も信じなかった。魔王すらも信じられなくなった君は、魔王を殺し、自らが魔王と成り果てた。……君には、私の声すら届かなかった」
「………」
「私は何よりそれが恐ろしかった。私の声すら聞こえなくなった君は、空っぽだった。蝕まれた心はもう何も感じなくなっているように見えた。だから私は剣を握った」
「言葉の通じない‘悪’は滅するより他にない、か」
 ジルは首を振る。
「君が悪に成り果てたからではないよ」
「では何故じゃ? 理不尽な悪を見過ごせるほど大人ではないと言ったのは貴殿の方だったはずじゃが?」
「そうだね。夢の中の君は許し難い事をしていた。何度後ろから刺してやろうと思ったことか」
 どう反応をしていいのか迷ったのだろう。エラムは複雑な表情を浮かべていた。
 ジルはそれを見て吹き出しそうになるのを堪える。
「でも、君を殺したいとまでは思わなかった。私が君を殺さなければと思ったのは、君が苦しそうだったからだよ」
「苦しい? 我が?」
「そう。痛くて、苦しくて、それから自分を護るために君の心が何も感じなくなったように思った。だから、君を解放してあげたかったんだ」
 そしてその命ごと、彼の冒した罪を自分が背負おうと思った。
 夢は途中で覚め、彼を殺してしまう瞬間を見ずに済んだが、やはりどこか気持ちの悪い感情だけ残る。
「余計なお節介ではないか?」
「お節介だよ。君も知っているのではないかね? 私がそのような人間だと言うことを」
 確かにそうだ、とエラムは笑う。
 エラムも、ジルのお節介さは知っている。目の前で何かが起これば見過ごす事が出来ないのがジルだ。共に旅をしているエラムはそのとばっちりを受け、何度も関わらなくていい事件に巻き込まれている。
 文句を言いながらも結局最後まで付き合ってくれるエラムもまた、同じようなものなのだが、敢えて言わずにおいた。
ススム | モクジ
Copyright (c) 2015 miesan All rights reserved.
 

-Powered by 小説HTMLの小人さん-

inserted by FC2 system