orpg・ジルサイド

モクジ

  約束  





 双子の星が衝突して世界の全てが滅んでしまうはずだった。
 けれど世界は滅ばなかった。
 半分は壊れてしまったけれど、半分は救われた。
 
‘彼’はその半分を救ったとして、英雄となった。






「英雄……か」
 地下室でぽつりと青年が呟いた。
 彼の手にはワイングラスが握られている。彼は冷たい石の床にあぐらをかいて座り、床の上に置いたもう一つのワイングラスにワインを注ぎ入れた。
 そのワイングラスを取る手はない。
 彼が飲ませたかった相手は彼の目の前に居たが、彼はぴくりとも動こうとしなかった。動けないというのが正確なところだろうか。外見だけは若い。今の自分とそう変わらないくらいの年齢だろう。彼は氷のような透明で冷たいもの中にいた。その胸部には一本の金で出来た剣が突き立てられている。
 彼の名前はシュゼルド・シウという。
 先代の呪王であり、現在は‘翔朔王’の号を有する。青年イザヤの祖父に当たる人物だった。
 誰が彼を剣で貫いたのか知らない。
 恐らく彼自身の手でそうしたのだろうと思う。あの剣はシュゼルドとイザヤしか扱えない。そしてこの氷のような物質を作ったのは彼の右手に封じ込められていたもの……先代‘水輝王’がそうしたのだろうと思う。
(先々代、って言うべきなのかな。ラファ小父さんどうしてもじじ様苦しめるの、許せなかったんだろうな)
 不器用でぶっきらぼうなラファイエットはイザヤの親友であるユイナの祖父に当たる。祖父と言っても彼らの年齢は普通の人間を遙かに超えているために、正確に何代前なのか知らない。イザヤと祖父シュゼルドがそうであるように「王の称号」を嗣ぐために連れてこられただけであり、形式上祖父と呼んでいただけに過ぎない。
 ユイナはイザヤの親友だった。
 勘違いをしていた人間も多かったが、彼女との間で男女の仲はあり得なかった。
 ラファイエットとシュゼルドも親友同士だった。
 だからラファイエットは死してなお彼を助けようとしたのだ。その結果がこれであり、それによって彼らの冒した‘罪’が封印された。
「じじ様、俺、英雄らしいです。世界を滅亡させようとした‘水輝王ユイナ’がもう半分を壊してしまう前に殺した英雄らしいです」
 世界は半分壊れた。
 壊れたのが原因で環境も大きく変わってしまった。
 混乱する世の中には、それを引き起こした憎むべき悪魔と、悪魔を倒し世界を救った英雄が必要だった。それを知っていたからユイナは自ら望んで悪魔になった。そしてイザヤは英雄となり、指導者になった。
 本当は世界を救ったのはユイナだ。
 イザヤはそれを手伝うしか出来なかった。
 星を一つ世界の底まで落とすような大規模な‘恒星落陽’は彼には出来ない。シュゼルドもまた方法を知りながらも行うことが出来なかった。魔力の強さの問題でも知識の問題でもなく、それは純粋に才覚の問題。
 恒星落陽が真実何であるかを知っていれば、完全な形の恒星落陽は‘誰’しか出来ないのかすぐに分かる。そればかりは呪王にもどうしようもないことだったのだ。
 だから、せめてイザヤは彼女の罪を半分背負おうと思ったのだ。
「あの時、その罪を全部もっていったの、じじ様だったんでしょう? いや、罪は消えていないんだから咎だけ持っていったのかな。俺たちあの瞬間に輪廻から外れてもおかしくなかったのに、俺は生き延びて、ユイナは輪廻に戻った」
 人間だけを考えても一瞬で百億を超える魂を奪った。
 いくら世界を救うためとはいえ、天は罪と判断する。
 だから彼女は大罪を背負うはずだったのだ。あれだけの命を奪ったのだ。二度と輪廻には戻れず、狂うことも許されず、永遠の苦痛を味わうことになる。
 そのはずだった。そうならなかった。
 何故かを考え、シュゼルドがこうなった事を見ればすぐに分かる。
 シュゼルドは今苦痛を感じることなく眠っている。目覚める事も無ければ、死ぬこともない。ラファイエットが行った封印はイザヤになら解くことは出来るだろう。だが、解いたところで祖父に苦しみを与えるだけなのだ。
 根本的なところを解決出来ないのであれば、イザヤにこれを解く気などない。
「ユイナ格好良かったよ。力使い果たして死んじゃったけど、最後まで笑ってた。俺に変に罪悪感覚えさせないためだよね。最後までいい奴でした。……あー、何で俺、詩音じゃなかったんだろう」
 イザヤが他の女を愛したように、ユイナは別の男を愛していた。
 男女の仲ではあり得ない二人だから、お互いにそれを祝福していたし、それで良かった。けれど、あの最後の一瞬、ユイナはイザヤの腕の中で「シオン」と呟いた。
 あの一瞬だけは自分が詩音であれば良かったと思った。
「ユイナの性格考えればどっちが幸せかってわかんないけどね」
 ユイナは自分が罪を背負う運命を知っていたから詩音に想いを伝えることをしなかった。詩音に重荷を背負わすような事をしたくなかったのだ。
 けれど、幻でも何でも自分が詩音に変わってやれれば良かったと思う。彼女は幻と分かるかも知れないけれど、少しでも幸福を感じてくれただろう。
「俺さ、じじ様」
 イザヤはワイングラスを回しながら目を伏せた。
「暫く身を隠そうと思っています」
 言ってイザヤはワイングラスに口を付けた。
 シュゼルドが好きだった酒だ。
 辛くて、少し樽の匂いが付いた上質のワイン。
「今俺がここにいると世界が混乱するんです。ユイナに………水輝王に仕えていた人たちが俺を殺そうと刺客を差し向けて来ました。当然ですよね、彼らは事の顛末を知っている。あの人達から見れば英雄を冠した俺は、ユイナを貶めた一人に過ぎない」
 本当の英雄を差し置いて新しい世界の王となったのだ。それだけならば彼らも許しただろうが、あの優しい彼女が貶められても何も言わないイザヤは憎しみの対象になった。
 もしもイザヤがここで倒れてしまったら、世界に戦争の火種を生む。
 それは避けなければならない。
 ユイナのためにも、こうまでして自分たちを救ってくれたシュゼルドの為にも。
「傭兵でもやって、世界巡って、じじ様を解放する方法探して。……出来ればユイナの魂見つけたいな。生まれ変わった彼女が幸せになれるように力になりたいし。あー、こういうトコ、俺じじ様に似たんだろうな」
 諦めなければ何でも出来るような気がするのだ。
 不可能だと言われていた世界を救う方法だって、シュゼルドは見つけてしまった。それは諦めなかったから出来たこと。
 だからここから離れたとしても、イザヤには何一つ諦めるつもりなんてない。
 諦めたらそこでお仕舞いになってしまうから。
「だからまず、ウィンクルムに行ってこようと思います」
 こちらの世界では僅か十の月が巡るまでの間、シュゼルドが100年以上過ごした世界。
 先代の時王と結んだ契約の制約によってイザヤがいた時間とそれ以前のシュゼルドが過ごした時間には飛べないが、それによって僅かな誤差程度であちらの世界の似た時間に飛ぶ事が出来るだろう。少なくともイザヤがシュゼルドを迎えに行った時から未来になってしまうが、それでも知り合った人たちが皆死んでしまっている年数ほどの誤差は生まれないはずだ。
「向こうのシウ一門の人に、じじ様の世界が救われたことと、事情があって来れないけど、ちゃんとじじ様生きているって伝えてきます。俺もじじ様のことで頭一杯で、迷惑かけたのに何のお礼も出来なかった人いっぱいいるから」
 迷惑かけた分、ちゃんと謝ってお礼をしたい人たちがあの世界にいる。成長したイザヤでは分からないかも知れないが、少なくともシュゼルドの向こうでの弟子達と、向こうの世界で特に親しくしていたあの人だけには伝えなければいけないと思う。
「メルちゃんさん、ちゃんと結婚できたかな? 子供いるかな? ……あの人、じじ様の事大好きで、近づくと妙に敵愾心むき出しになっていて、正直ちょっと怖かったけど、今だったら笑って話せる気がするんだ」
 多分、あの人は見ただけで自分が‘ジルを連れ戻しに来た’と言うことが分かったのだろう。だから妙に睨まれたのだが、あの人の事は嫌いになれなかった。
「帰ったら、みんながどうしていたか、報告に来ます。だから……」


 もう暫く、待っていて下さい。
モクジ
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