オリキャラRPG<ジルサイド>

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  胡乱な男  





 まいったな、と男は馬車を走らせながら首を掻いた。どうも妙な客を乗せてしまった。
 そもそもあんな山奥を一人で歩いている男に声をかけたのが間違いだった。
 きらびやかな刺繍の入ったマントを羽織り、頭には妙な装飾品を付けている。そのくせ右手の甲を覆うようにぼろぼろの布を巻き付け、腰にはギラギラと輝く金の剣を帯びているのだ。魔物退治の者にしては派手すぎる。どこの国の貴族がこんな所に置いてけぼりにされたのかと思って声をかけた。
 彼は男を見て驚いたようにした上でこう口にした。
「ここは、どこの王の統治する所かね」
 男がこの土地を治める王の名前を口に出すと、彼は本格的に困ったような顔をしていた。
 親切心半分、礼に何か褒美でももらえるのでは無いかという気持ち半分で、男は人里近くまで馬車に乗っていく事を勧めた。
 そうして彼を乗せたのだが、奇妙さばかりが目立つ。
 彼は二十代半ばくらいの青年に見えた。赤茶けた髪は特別珍しくもないが、瞳が血を吸ったように紅く見えた。茶色といえばそう見えなくもない。ただ、時折深紅の輝きを帯びる。そして漂う気配が人ではないようにも感じられた。
 まるで、魔物。
 そう思いかけて男は首を振る。
 思ってしまえば現実になるような気がした。
「あんた、どこから来たんです?」
「‘翔’だよ」
「ショウ? それはどこの事です?」
「おそらくここから随分と遠い所だ。……この辺りは、人を襲う獣は出るのかね?」
 妙な言い方をすると思った。
 魔物が跋扈ばっこする世の中、家畜や獣人でもあるまいし、人を襲わない獣の方が珍しいくらいだろう。
「結構多く出ますよ。まぁ、賞金稼ぎ達が狩ってくれるから何とかなってますがね、この辺りはに来てくれる魔法使いの数も多くて助かっています」
「そんなに多く魔法使いがいるのかね?」
 驚いたような質問に、男は逆に驚いた。
「そりゃいるでしょう。魔法使いなんて珍しくもないし」
 頭がおかしいのか、とも思ったが、青年は本格的に思案するようにぶつぶつと何かを呟きはじめた。
「……魔法の発展している世界か……」
「……?」
「この国の王は在位何年になられる?」
「四十年ほどになりますかね。けれど、最近お体の調子が悪いとかで、王位を誰に譲るかどうかで揉めているようですよ。おかげで物価の高騰こうとうが激しくて……まいります」
「……なるほど、この世界は私の国とは随分違うようだ」
 彼は聞き取れぬ程の小声で言う。
 男の耳には何か奇妙な呪文を唱えているようにさえ聞こえた。
 本当にまずい相手を乗せてしまったと思った。
 ショウという地名も聞いたことがない。格好もおかしければしゃべり方も随分と変だ。まだ若いというのに学者か老人のようなしゃべり方をする。喋っている時は穏和な表情をしているがそれもまた奇妙なもののように思えてならなかった。
 噂ではこの世界のどこかには別の世界から迷い込んでしまったという人もいるらしいが、それは俄には信じがたい。それに、仮にそうだとしても、青年は随分と落ち着き払っていた。こういった事態に随分と慣れているような印象を受けるほどに。
「この辺りでもっとも知恵の高い魔法使いはどこに住んでおられる?」
「はぁ、宮廷の魔術師じゃないですか?」
「それは占星師かね?」
「せんせい……ああ、占い師のことですか。それなら、この森を……」
「!」
 言いかけた瞬間だった、青年の目の色が不意に変化をする。
 男はぞっとした。
 反射的に殺されると思った。
 だが、予想に反して彼の瞳は男を通り越して遠くの方を見つめている。男は振り返った。そこには何もいない。
 だが、次の瞬間馬が怯えたような嘶きを上げた。
「……!」
 ぐるる、と、森の端でうなり声が聞こえる。
 魔物だと悟るのに時間は掛からなかった。
「ひっ……」
「……じっとしていなさい」
 青年は男の身体を押しやると馬車から飛び降り走り出した。
 彼がとん、と馬の背を叩くと、半狂乱になり暴れかけていた馬が突然大人しくなる。
 刹那、街道の脇から巨大なオオカミのような魔物が飛び出してくる。背にはコウモリの羽のような翼が付いている。それは男が今まで見た魔物の中でもっとも大きな形をしていた。二本足で立ったならば、彼の身長を超してしまいそうな程巨大な魔物だった。
 その喉元には乾いた血がこびり付いている。
「ひっ!」
 男が叫び声を上げる。
 噂で聞いたことがある。この辺りの魔物を統括する主だ。よりにもよって、こんなものに出くわしてしまうとは、やはり、あんな怪しげな男を乗せてしまったのがいけなかったのだ。
 男は頭を抱えてうずくまりながら自分の不運を呪った。
 だが。
「やれやれ、こんな事ならば剣技の鍛錬を重ねておくべきだった」
 男はおそるおそる顔を上げた。
 青年が金の剣を鞘のまま構えていた。否、最初からその剣には鞘など無かった。
 たくし上げた袖からのぞく腕は細い。まるで女の腕のように細い。いや、女でも野良仕事をしている者ならばもっと筋肉が付いているだろう。彼の腕はおおよそ強いとは思えないものだった。
 無茶だ、と男は思う。
 あんな腕で戦える訳がない。
 だが、青年は薄く笑みを浮かべ。小声で何かを呟いている。
 獣は青年を窺うようにじっと身を低くしていたが、やがて大きく飛び上がり、青年に襲いかかった。
「危ないっ」
 反射的に食われたと思って男は目を瞑った。
「全く、難儀する」
 彼の呟きと同時に、ずん、と重たいものが落ちたような地響きがする。
 男はこわごわ目を開いた。
 唸りを上げる獣の肩口に軽く抉ったような傷があった。青年の方は先刻と同じ位置で先刻とは違った風に剣を構えている。金色に輝く剣には一滴の血も付いていないように見えた。
 見たこともない構えだった。剣技に詳しくはないが、無茶苦茶な構えをしているように見えた。それなのに獣は警戒するように強く唸っている。
「……この世界でどの程度使えるか、どの程度の影響が出るか」
「?」
「……友よ、少々力を貸してはくれぬか?」
 青年は剣を地に突き刺し、右手を覆っている布を外す。
 魔物が警戒する声を上げた。
 ぼんやりと青年の手が赤黒い気配を帯びる。
 ぞっとした。
 彼の右手はみるみる禍々しい気配を帯びていく。魔法の心得のない男にもそれが危険なものであるとすぐに分かる。
 対峙している魔物よりもよほどタチの悪いもの。
「幼子よ、汝が主はここにおるぞ」
 青年はそう言い、獣へと近づく。
 獣は一瞬大きく叫ぶが、彼が近づいていくのを拒みはしなかった。始め狂気に狂ったような瞳をしていたが、それがみるみる従順な犬のように大人しい瞳に変わっていく。
 やがて獣は自ら青年にすり寄っていく。まるで親を見つけた子供のようだった。
「これこれ、あまり懐くでない」
 それは一種異様な光景だった。
 獰猛な魔物が人に懐いている。
 いや、あれは、けして人などではない。やはり人の形をした魔物。
 彼が振り返り男を見る。
 その赤い目に見つめられ、男は声にならない悲鳴を上げる。
「………っ!!」
 獣を携えた男が近づく。
 今度こそ死ぬと思った。
「そんなに怯えずとも、取って食いはせぬよ」
 そんなこと、真実とは思えなかった。
 悪魔や魔族人をたぶらかして騙すのが仕事のようなものなのだ。
 青年は困った風にため息をつく。
「……分かった、立ち去ってやるから、その占い師とやらがいる方向だけでも教えてくれはせぬか?」
 男は頭を抱え震える手で占い師が住む庵の方を指差す。
 嘘を教えたら、きっと殺されてしまうと思った。
 獣がまるで男を馬鹿にするかのようにふん、と鼻を鳴らす。
「済まなかった。怯えさせるつもりは無かったのだが……これはここまでの礼と詫びだ。そなたに僥倖ぎょうこうを」
 彼がとん、と馬車を叩いた。
 それきり何の音も声もしなくなって、男は訝しく思い顔を上げる。そこには青年の姿も獣の姿も無かった。
 代わりに馬車に何か奇妙な紋様が刻まれている。
 あの青年の仕業だろうか。
 薄気味悪く思いながらも、男は仕方なしに馬車を走らせて街へと急ぎ帰った。途中、遠くがにわかに騒がしいのを感じてはいたが、男は全く気にもとめずに馬車を勧めた。
 一刻も早く家に帰りたかった。
 街に入ると、街の様子が少しおかしかった。
 ざわつく人々に近づいていくと、顔なじみの男が驚いたように声を上げた。
「あんた、無事だったのか!」
「な、何のことだ?」
 あの青年の事を言っているのだろうか、と一瞬引きつった声を上げる。
「あの道を通って帰ってくると言っていたから、てっきり蛮族どもにやられたと思っていたが……」
「蛮族? 何かあったのか?」
 顔なじみの男は大仰に頷く。
「あの辺りで南と北の連中がちょっと小競り合いになってな、巻き込まれて何人も命を落とした。あんたもてっきりやられたと思っていたが……無事に戻ってこれて何よりだ」
 男は慌てて馬車に刻まれた紋様を見る。
 それは一瞬強い輝きを帯びて、やがて煙が立ち上るように消えていった。

 ………そなたに僥倖を。

 青年の声が聞こえた気がした。



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