ORPG・イヴェルサイド

ススム | モクジ

     閉ざされた冬の日 1  

 




 いつも父の背中を見ていた。
 国を、王を、民を護るために戦う騎士の姿を。
 それは勇敢で高潔であり、自分の理想でもあった。その父親に騎士道を教えられ、物心付く頃から剣術や馬術を学んでいたイヴェルにとって父の後を追って騎士団に入ることは当然だと思っていた。
 自分もいつか父のように剣を振るうのだと。その剣は誰かを害するものではなく、大切なものを護るための力なのだと、信じてきた。いずれは聖騎士となり、王族の元に仕えるのが夢と言えばそうだったのだろう。
 きちんと言葉を交わすことこそ出来なかったが、王や、いずれ王や王佐になるだろう王族の姿を見ると、彼らに仕えられることが誇らしく思えた。
 その全てが、音もなく降り注ぐ雪に覆い尽くされてしまったのはイヴェルが十四を迎えてすぐの事だった。
 父の推薦もあって、十四にして初陣を認められ誇らしかった。自分は他の騎士見習いたちよりも優れているという自負はあったのだろう。だから無茶をしたのだ。一人で何でも出来ると思ったわけではないが、そんな災いが自分のみに降りかかるとも思わなかった。護るために振るう剣は何よりも強いと思ったのだ。
 魔物に怯え、腰を抜かした母子を護るためにイヴェルは魔物の前に躍り出た。魔物達と戦い、母子達に逃げるように伝えた瞬間だった。足に奇妙な感覚を覚えた。
 冷静になれ、と自分に言い聞かせながら戦い、他の騎士の助けもあって魔物を倒した後、彼はその場に昏倒した。正直言えば、自分がその場で戦っていたというのは後から親友に聞いた話であり、その時どんな風に戦っていたのか自分では良く分かっていない。
 目を覚ますと、暖かい部屋の隅で親友が動いた。三歳年上で既に騎士として働いていた親友は今にも泣き出しそうな位に表情を歪め、笑った。
「良かった、二度と目を覚まさないかと思った」
「パシエ……?」
「団長にここにいてやれって。酷い熱で、もう三日も眠っていたんだ。みんな、凄く心配している」
 いつもの彼らしくもない歯切れの悪い口調。
 どうしたのか、と訝っていると不意に左足に激痛が走った。
「イーヴ!」
「……ってぇ……足が……そっか、俺、魔物に噛まれて」
「……」
「左足の先の方が痛いんだ。悪いが、包帯をもっと強く巻いてくれないか」
「……イーヴ、それは……」
 彼は顔を背ける。
「?」
 その表情に違和感を覚えてイヴェルは半身を起こす。全身が酷く怠く、動くたびにあちこちに激痛が走った。
 それでも力を込めるとようやくからだが起きる。
 ベッドの上に投げ出された自分の身体には掛け布団がかけられているためにその様子が見えない。ただ妙な違和感があった。右足がある方は普通に布団が盛り上がっているというのに、肝心な左足の方は殆ど何もなかった。
「………?」
「……ごめん、駄目だったんだ」
「駄目って、何が」
 聞かなくても分かっていた。なのに、信じられなかった。
 自分が見ているものを。
 だって、こんなにも左足が痛む。
「左足」
 パシエは短く言う。
 おそるおそるイヴェルは布団を引っ張った。
「……おい、嘘だろ」
 左足はあった。
 だが、それはちゃんとした形ではない。
 膝から先がすっぱりと切り取られてしまったかのように何もないのだ。足には包帯が幾重にも巻き付けられ、まるで作り物のようだと思った。
「嘘だろ……」
 喚くことも出来なかった。
 悪い夢を見ているだけだとしか思えなかった。
 その全て何も、信じることが出来なかった。
「ごめん」
「……謝るなよ」
「ごめん、君の足、どうしようもなかったんだ。あの場で、切るしかなかったんだ。本当にごめん」
「謝るなよ!」
「イーヴ……」
 イヴェルは親友を怒鳴りつける。
「同情なんかするな! 謝るな! そんな事されても、俺の足は戻ってこない!」
「……」
「惨めになるだけじゃないか………」
 頭がくらくらする。
 駄目だ。
 もう、目を閉じよう。
 きっと悪い夢を見ているだけなんだ。
 目を覚ましたらきっと自分の足には魔物に噛まれた跡が残っている。年を重ねた時、それを見ながら初陣で無茶をやったのだと笑って話すんだ。
 だから、目を閉じれば大丈夫。


 そう言い聞かせて彼は目を閉じた。
 再び目を開いた時、彼の目の先にあったのは目を閉じる前と全く変わらない光景だった。
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