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orpg・浮島サイド

エレさん家の話・サイドA 上

 それはある日の昼下がりの事だった。
 場所はウィンクルム大陸南西部にある小さな国の港町。
 隣国はここ三十年ほどで大国にまでなったアドニア王国であり、現時点で同盟を結ぶ関係にあるがこの話はそれとは全く関わりのない話になる。
 主役になるのは三十手前くらいに見える色黒の長身。一見アドニア人のようにも見えるが、海の近くで生活していた為に日焼けして色黒になっただけであり、人相が悪いだけで悪人と決めつけられた時代を経て思いっきりやさぐれ、今や悪いことをしようとしているこの人、アニキ。
 そしてその子分っぽい人物その1。……可哀想なので通称、サブ。
 この二人がよりにもよって地上に買い物に来ていたエレ家の末っ子、フェリスを誘拐しようと思ってしまったところから物語が始まる。
「え? 誘拐っすか?」
「馬鹿、声がでかいぞ」
「あ、すんません。……誘拐って、こんな港町じゃ身代金を要求できそうな金持ちの子供とかは来ないでしょう」
「馬鹿、お前、アレだ、女子供を攫って売るんだよ」
「はぁ……でも、誘拐なんて、売るって言っても、一体誰に……」
「アドニアの国王だよ」
「え? 国王? そんな、捕まりますよっ!?」
 サブは驚きを隠せない様子で言う。
「アドニアの王は無類の女好きだって言う噂、聞いたことあるだろ?」
「はぁ、そんな噂もあるような無いような……。ってか、アニキ、そう言う王様ならすっげー美人侍らせてるんじゃないっすかね」
「だからお前は馬鹿なんだ。そういう美人ばっか見慣れた王様だ、街娘の方が新鮮にみえるんじゃねーのか?」
「そんなもんすかねぇ。でも、どうやって連れて行く気っすか? こっから、アドニア王都まで結構な距離ありますよ。いっくらなんでも俺たち二人で担いでいくのは……」
「つくづくお前は馬鹿だな。いい暮らしが出来るとか言って連れて行けばいいんだよ」
 ああ、とサブは手を打ち鳴らす。
「つまり騙すんですね」
「人聞きの悪い言い方するな」
「すんません、悪いのはアニキの人相だけで十分っすよね」
「うるせぇっ」
 噛みつくように言われ、サブは肩を竦める。
 かくして、このあんまりにもお粗末でありきたりな誘拐計画が始まった訳だが、この人相の悪い人物と手下1ではそうそう上手く騙されてくれる女の子がいる訳もなく、顔を見るだけで逃げられる、話を聞いてくれたと思ったら逆に騙される、通報されて警備隊に追われる、挙げ句ナンパと間違われて連れの女に制裁を加えられるなどを繰り返した。
 やがて、自信を喪失して諦めかけたアニキの視界に、道ばたで倒れ込んでいる少女が目に入る。
 十にも満たない程の幼さだったが、その金色の髪は見事なように見えた。
 この際誰でもいいと、アニキは声を掛ける。
「お、お嬢ちゃん、大丈夫なのかい?」
「………音」
「へ?」
「違う」
 少女は地面に耳を着け、何かの音を聞いているようだった。
「な、何の音を聞いているのかな?」
「ウィンクルム……島……違う音」
「島? 君どこから来たの?」
「………」
 サブの問いに、少女は真っ直ぐ空を指差す。
 顔を見合わせる二人を全く気にする様子もなく少女は続ける。
「心臓……似てる。島は………水の音」
「心臓? 水の音? なんだそりゃ」
「……ああ、火山の音じゃないですか?」
 少女は二度三度瞬いて、そしてむくりと身体を起こす。
 赤とも紫とも言えない瞳の色をした少女だった。葡萄酒か、石榴石の宝石を思わせるような美しい色をしている。
 少女はじっとサブを見つめた。
「かざん?」
「そう、この近くにまだ活動中の火山があるんだよ。どっ、どっ、って、心臓みたいな音がするだろ、それ、あの火山の特性だよ」
「……生きている?」
「そうだね、ウィンクルム大陸の心臓の音だね」
「ウィンクルムが生きている音……」
 少女はにこりと微笑む。
 それはまるで天使のような微笑みに見えた。
 幼い少女の微笑みに何故かどぎまぎしたアニキは、照れ隠しに隣のサブを突く。
「……おい、お前何で会話出来るんだ?」
「うち、妹いるんっすよ」
 そうか、と頷くのもおかしいような答えだったが、アニキは一応納得したかのようにああ、と頷いて見せた。
 サブは得意げにニコニコしている。
「おじさん達、誰?」
「おじ……、違う。おじさんじゃない、せ、正義の味方だよ」
 ぶは、とサブが吹き出す。
 よりにもよってその悪人面で正義の味方とはおこがましい。何より悪を悪と自覚して実行しようとしていた人の言う言葉ではない。
 アニキはサブの脇腹を抉るように殴って笑顔で続ける。
「こんな格好をしているけど、騎士だよ、騎・士! 分かるかな」
「知ってるよ。アイお姉ちゃんの読んでいた本に出てくるの。お姫様を連れ攫う黒い鎧の人。追っ手をぶった斬って捨てて逃げる」
 どんな本を読んでいるのだろうか。
 言葉だけで聞けば単純に悪役だ。
「アイお姉ちゃんって、誰だい?」
「悲しくなると雨がふって、シュシュお姉ちゃんが来ると止むの」
 意味が分からない。頭の弱い子だろうか。
「えっと……今日は一緒にきているのい? そのどっちかのお姉さんと」
 少女は首を振る。
「今日は、お姉ちゃんとじゃなくて、にーにと一緒だよ」
 男か、とアニキは少し舌打ちをする。
 姉と一緒なら一緒に騙して連れて行けたかもしれないと思ったが、それは無理なようだ。
 兄が駆けつける前に、この子を連れ去ろうか。このぼんやりとした子供ならば簡単に付いてくるだろう。
 アニキは精一杯笑いながら言う。
「ね、ねぇ、お嬢ちゃん。何か欲しい物はないかい? 食べたいものとか、お洋服とか」
「………」
「ここから少し行った所の王様と知り合いなんだ。王様ならに頼んで何でも買ってもらえるよ」
「彫刻」
「………は?」
「王様、彫刻出来る?」
「え? あ、………さぁ、出来るんじゃないかな。王様だし」
 どんな理論だ。
「君、彫刻好きなの?」
 うん、と少女は頷き微笑みを深くした。
「好きだよ。……ゼルくん、上手なの」
 今ひとつ掴みかねるが、どうやら「ゼルくん」とやらの彫刻が好きなようだ。或いは「ゼルくん」が好きで彫刻に興味があるのか。
 どちらにしても子供にしては随分と渋い趣味だ。
「そ、そうか。じゃあ一緒に行こうか。いいところに連れて行ってあげるよ」
 さりげなさを装ってアニキは少女の手を掴む。
 少女は少し首を傾げた。
「にーにが、知らない人に付いていったら駄目だって」
「お嬢ちゃんの友達だよ。知らない人じゃないよ」
 少女の瞳が少しだけ細められる。
「おじさん、人さらい?」
 真理を突かれて、アニキはぎくりとする。この少女の口から、そんな言葉が出るとは思っていなかった分余計にビックリした。
「いや、そんなことはない。つーか、おじさんじゃねぇ! ………ん、あれ、今声が別の方向から……」
 聞こえた、といいかけたアニキの瞳を覗き込むように、青年が覗き込んでいた。
 いきなりいたこと異常に顔の近さに驚いた。
「うわぁ!?」
「驚いた顔も素敵なおじさんオハコンバンチー★」
 愉快そうに笑いながら言ったのは全身を真っ黒な衣服で固めた細身の男だった。瞳は少女と同じ赤紫をしているが、髪は虹色に輝いている。
 一瞬魔物かと思ったが、まともな人型をしている。
 少女の手を握ったまま、アニキは間合いを取った。
「だ、誰だお前は!?」
「名乗るほどの者じゃない、ただのヒュペルメゲテスだよ」
「ヒュペ……何だって?」
「ヒュペルメゲテスだよ。僕のことは、レゼルって呼んでねん★」
「なんでだよっ!」
 百歩譲っても‘ル’しか共通点がない。
「いいね、ナイス突っ込み★ ベスト突っ込み賞あげちゃうヨ★」
 ばちん、とウインクを飛ばされアニキはぞっとする。
 何だかねっとりとまとわりつく何かを感じてしまう。
 これが少女の言っていた「にーに」なのだろうか。
「ついでにこの笑うお饅頭もあげちゃおうかナー★ 今ならサービスでもう一個おまけしちゃう」
 男はどこから取り出したのか奇妙な笑い声を上げる丸い物体を掲げて見せた。
 お饅頭と言ったが、とても食べ物のようには見えない。
「アニキー、何だか関わっちゃいけない相手のような気が……」
「落ち着け……相手は人だ。言葉は通じる」
「もう★ 二個じゃ足りないって? 我が儘だなー。しょうがないネー、生姜が入っていないジンジャークッキーはタダのクッキーだよ。格安お買い得★ 神社にお供えする予定だったコレも付けちゃう★ お買い得くんクッキーチワワ味だよ」
 どうしよう、話が通じそうにない。
「あ、アニキ、俺、アレと意思の疎通をする自信がないっすよ」
「お、落ち着くんだ! つーか泣くな、俺!」
 くじけそうになる気持ちを何とか奮い立たせて、アニキは少女を抱きかかえる。
 そして少女の喉元にナイフを突きつけた。
「おいっ、お前、この子の命が欲しかったら有り金全部置いていけっ」
「……ちっさい子にナイフ突きつけるなんて極悪非道っすね」
「うるせぇ! いいか、金だ! 金を全部出せ!」
「んー、そうしたいのは大山さんだけどー、さっき盗んだ軍馬で走り出す気分でこの変身ロベルトアルベルト買っちゃったから、2Gしか余ってないんだよね。それでもいーい?」
 男は自分の衣服を捲って腰に巻き付けた妙に斬新なベルトを見せる。
 こんなのを付ける趣味の人間がいるとは思わなかった。
 絶望的なセンスだ。
 奪ったところで売れるかどうかも分からないが、2Gよりは些かマシだろうか。
「そ、そのベルトを置いていけ。ついでに身ぐるみ全部剥いでやるっ」
「三流の悪役の台詞っすよね、それ」
「さっきからいちいちうるせぇぞ! おい、早く全部脱げっ!」
「いやん。今日勝負下着じゃないから駄目ン★」
 恥ずかしそうに男は自分の身体を抱きしめる。
 最早どこから突っ込むべきかも分からない。
「て、てめぇ! この子供の命が欲しくないのかっ!」
 ぐい、と少女の喉元に突きつけるナイフの力が強まる。
 少女は恐怖を感じているのかいないのか、ぼんやりと空を見ているだけだった。
 その様子を見ていた青年はその場にしゃがみ込む。
「……おじさんさぁー」
「何だ、観念したか! つーか、おじさん言うな」
「……僕の大切なフェリに、そういうイケナイ事すると……」
 くすり、乾いたような笑い声が響く。
 そして彼は顔を上げた。
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