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錦上に死を
「‘絶対に死なない’方法を貴方知ってる?」
盲目の男の上に跨り喉元に剣を突きつけながら彼女は優しく笑った。
青い髪が僅かに揺れると髪に付いた鈴が美しい音を奏でる。
男は見えない瞳でその鈴を追った。
くすりと笑って彼女は剣を彼に近づける。
切っ先が喉に触れ、人のものとは違う血が微かに滲む。
その血の匂いを嗅いで彼女は笑う。
病魔に冒された者の血。
弱り、日に日に醜くなっていく者の血。
「死ねばいいのよ」
彼女は当たり前のように言って笑う。
死んでしまえばもう二度と死ぬことは出来ない。
それは当たり前の真理。
それでもこの男は何度殺してあげようと思っても、死ぬつもりはないとでも言うように反撃をする。
身を冒した病によって、醜くなっていく。
長い間魔界王として君臨している男とは思えない醜さ。それでも人から見れば随分な強さを誇るだろう。けれど、強く美しかった男が、目に見えて弱ってく身体はメレディスの興味を失わせるに十分だった。
いっそ海に帰せばいいと思った瞬間、彼の気配が変わった。
死に近づいてもそれを受け入れようとしない男。
いずれ身にかかるだろう‘もの’の正体を知りながら足掻いている。
それが何より滑稽で美しかった。
「今のあなたのことも好きよ。愚かで、とても可愛いわ」
ぐっ、と彼女は剣に力を込めた。
剣の先が男の喉元に食い込む。
だが、それは彼をそれ以上傷つける事はなかった。食い込んだ刃は彼の中に溶け込むようにして消えていく。やがて剣の全てが、彼の中に収まる。
メレディスは息の触れそうな程彼に顔を近づける。
光を映さなくなって久しい瞳がメレディスを見ている。
「ねぇ、レジナルド、死ぬのって怖い事なのかしら」
メレディスには分からない。
彼女には人の概念で言う‘死’は存在しない。彼女が「 」であった頃からそれは変わらない。絶対死ぬことのないものとして‘あった’のだ。あるとすればただ消滅するだけだ。後には何も残らない。或いはその消滅すら彼女には起こり得ないことかもしれない。ただあった頃の海に戻るだけ。
だから死ぬことの怖さがメレディスには理解が出来ない。
ただ‘魂’に戻るだけ。肉体が損なわれるだけ。
それなのに人も魔族もそれから逃れようと足掻く。いずれは全てに降り注ぐはずのもの。それが早いか遅いかの違い。それでも皆、一瞬でも長く生きようとあがきもがき続ける。
大きな恐怖と戦いながら、それよりももっと強い意思で戦う。
そんな者の魂が愚かでとても綺麗なのだ。
「死を恐れることはない、か?」
「ないわ」
言い切って、彼女は笑う。
「一度だけ」
「何だ」
「‘死’はこれなのかと思ったことはあるわ」
僅か男が笑う。
「それでも恐れはないか?」
「ないわ。……熱いの。身体の中が全て燃やされたように」
だからもし、彼女を‘殺せる’者があるとすれば、あの男しかいない。
一瞬でも彼女に‘死’を見せたあの男。
目があった瞬間から思っていた。
彼を殺せるのは自分だけ、自分を殺せるのは彼だけ、と。
別に死にたい訳ではない。ただどうしようもなく惹かれ、どうしようもなく愛おしく思える存在。
あの男は死んでもなお美しいだろう。
ならばこの男の死は、どんなものになるだろうか。
「レジナルド」
呼びかけると彼は少しだけ顔を動かした。
微かに鼻先が触れる。
囁きかけるように彼女は言った。
「死にたくなったら教えて」
メレディスは彼の身体から離れる。
ちりんとなる音を聞いて彼の視線が自分を追った。
見えないと分かっていて、彼女は彼に笑いかけた。
「私が殺してあげるわ」
そして、貴方の死を、愛してあげる。
終
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