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ORPG・アドニア史

有終完美 上

「私は、貴方が疎ましくて仕方がなかった」
 病の床に伏せる男は落ちくぼんだその瞳で彼を見上げた。
 元々は鮮烈な程の赤毛を持った男だった。その彼が病の床に伏せてもう一年ほどが過ぎた。髪は茶色く変色し、輝くばかりの金色の瞳も今は酷く濁って見えた。
 それすらも今までの彼を思うと好感がもてるのは彼が酷く弱っているからだろうか。ラドラマ・リ・ローアは静かに彼を見た。
「貴方はいつも私の斜め上を行く。城から遠ざけるために蟄居命じた後も、私は貴方を殺すことが出来なかった。……出来るならば息子の死に絶望して命を絶ってくれればとそう思っていた」
 ラウロス王は言葉に含まれる不穏な音すらも消してしまえるほど静かな口調で言った。
 年間を通して暖かい気候にあるアドニアだったが、その日は酷く冷え込んだ。遠く北の果てでは「雪」と呼ばれる白い綿毛のような冷たい塊が大地を覆い尽くすこともあるという。今夜ばかりはその幻を見ても可笑しくないと思えるほど、辺りは冷えていた。
「私は幾度となく貴方が王位に付いていればという言葉を聞いた。それでも父上は私に王位をと言い、貴方も何も言わなかった。だから、私は王でいられた」
 幼い頃、同年代と言うこともあって二人はよく一緒に過ごした。ローアの方が年下ではあったが、文も武も彼の方が優れていることの方が多かった。だからいつもラウロスは比較されていた。唯一勝っていたのは身長と玉座への近さだったと、彼は小さく笑う。
「叔母上と貴方が婚約をされた時、私は貴方が王になるために家を望んだのだと本気で思った。けれど、貴方はローアの姓を選んだ。それでも、安心できなかった。王であり続けること、貴方より上に立っていること。……そうしなければ私は不安でたまらなかった」
 ひとまわりほど年上の妻を、しかも一度結婚をし夫と死別した女を娶ったのは多くの人間が政略的な意味合いを含むことを考えていただろう。
 だが真実は違う。
 彼女との間に四人の子供を設けたのが何より如実に語っているだろう。もっとも、今の彼の子供は三人であったが。
「嫉妬していると自分でも思っていた。しかし、実際はそうではなかった」
「……今日はよく喋りますね」
「少し気分がいい。暫く付き合え」
 言った彼の顔色はけしていいとは言えなかった。
 原因不明の病。城内では、娘であるカサンドラに毒を盛られているのではないかと噂されている。それでも、彼はそんな事実はないと笑い飛ばし、ベッドの上で政務をこなしている。
 ここ数日、彼の体調は確かに少し回復しているように見えた。それでも、油断はならないと、医師は複雑そうに話した。
「ローアは私よりも弟の方を可愛がっていたな。あの子の婚姻を急がせたのは政略的な意味もあったが、半分は貴方から遠ざけたかっただけだった。だから折角用意した札を使えずにいる。……見てみろよ、ローア、貴方と父が椅子を譲った男は、こんなにも浅ましい生き物だ。結局私は王の器ではなかった」
「そんなことはありません。貴方には資質があった」
 それは真実そう思っていたことだ。
 ラウロスは消して凡庸な王ではない。愚かな王でもない。
 ただ、彼の勢いに国が付いていけれなかっただけのこと。もっと体力が残っていれば、彼は覇王となっただろう。
 彼の王としての資質を疑った事などない。
「………その言葉、もっと若い時に聞きたかった。私はずっと貴方に認めて貰いたかったのだから」
「………、貴方を狂わせたのは、私ですか?」
 じろりとラウロスは彼を睨む。
「私をそこまで愚かにするな。貴方に対する意識が無かったとは言わないが、私は王として当然するべき判断をしていただけだ。読み違えて、結果は伴わなかったが」
 自嘲気味に笑う彼の表情はどことなく穏やかだった。
 彼は自分の失敗を誰かのせいにすることはなかった。気候に嫌われた時も、最後までそれをいい訳に失敗を正当化させようとはしなかった。そのまま受け止めて、彼は出来る限りの対策をした。事後処理は、彼でなければもっと悪化させていた事だろうと思う。
 ゆっくりとした動作で彼は半身を起こそうとする。身体の感覚が少し麻痺しているのだろう。思うように起きられない様子の彼をローアは手伝った。少し咳き込みながら半身を起こした彼の呼吸は少し乱れている。
 乱れた呼吸を整えながら、彼はゆっくりと言葉を続けた。
「……本気で国を立て直したいと思っていた。後の万を助ける為なら、今の千を犠牲にしても構わないと思っていた。非道、酷薄、悪魔……未来の人間にどんな風に言われたっていい。私一人が悪になってこの国が救えるのなら、それでもいいと思っていた。実際恨まれているだろうな、私は。あれだけの事をしながらも、結果を残せなかったのだから」
 そんなことはない、と言おうとしてローアは口を噤んだ。
 彼は多くのものを残している。過去の悪法を撤廃させたり、国宝を売り払いその金で軍部を強化することで雇用を増やそうと努力をしてきた。治水や食料の確保の為に尽力し、豪雨による岩盤の崩落を防ぐための対策もしてきた。彼の行ったことで救われた人間だって多い。
 それでも、世間の評価では彼は「悪い王」になるのだ。
 元来の苛烈な性格も災いしたのだろう。恨まれているのは事実であり、今、彼の言葉を否定したとしても、傷口を撫でるような事にしかならない。
 ローアは何も言えなかった。
「一度、私は貴方を殺そうとした。いなくなれば私の心を含めて万事収まると思っていた。でも、結局私は貴方から子供を一人奪うだけに終わってしまった」
「あれは……不幸な事故でした」
 蟄居謹慎中のローアに、王が送ったものは、本当ならばローアを害するためのものだったが、誤って彼の息子が犠牲になった。
 失敗したのを知り、今度は確実にローアを殺そうと考えたのだと彼は言う。でも、出来なかったと。一度は実行しながらも、二度目は出来なかった。
 彼はそう静かに言った。
「ヒルトさんは貴方が私を待っているのだと言っていましたよ」
 くすりと王は笑う。
「ヒルトは、私よりずっと私の事を理解しているようだな」
「待っていたのですか?」
「待っていた。貴方が私に謝罪し、私を認めてくれる日を。だが逆だった。私は謝りたかったんだ。ずっと」
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