orpg・アドニアサイド

モクジ

  ヤマザクラ  

「ではお預かりしますね」
 可愛らしい笑顔で言われ、シリンもつられるように微笑んだ。
「よろしくお願いします。ランさん」
 手紙を預け、彼女を見送る。
 シリンに届く手紙は少なくはない。返信の必要のある手紙はきちんと返しているために、出すものも多い。すっかり顔なじみになったプランタンが持って出る手紙も、持ってはいる手紙も彼がヒルトと共に城を出てから一通ずつ増えた。
 彼女が届けてくれる手紙に彼の文字を見つけるとシリンはいつもほっとする。
 少なくとも、手紙をプランタンに託した時、彼は無事であったことが分かるから安心するのだ。
 ヒルトが魔王討伐を仄めかす発言をしてからどれだけ経つだろうか。賛同する人も増え、その目標も確実に実現に近づいてきている。それに伴い、危険も確実に増えている。
 アドニアは過去侵略されてきた歴史から戦闘に関する技術が発展している。肉体的にも精神的にもアドニアには屈強な男が多い。心配する行動は相手に対する侮辱だろう。分かっていながらも見送って二度と帰ってこなかったらと思ってしまう。
 それが大切な人間ならなおのことだ。
「シーリィン様、どうかされましたか?」
「あら、リズ。こちらに来るなんて珍しい」
 声を掛けてきた少女を見てシリンは微笑んだ。
「アリオトさまから手紙が届いたの。お父様も、アリオトさまもご無事のようですわね」
「そうですか。陛下は今どちらに?」
「ちょっと待って、手紙をまだ読んでいないの。……リズ、ナイフ持っています?」
「はい」
 差し出された小型のナイフを受け取り、シリンは封緘の為の蜜蝋を丁寧に剥がした。彼女にナイフを返し、中の手紙を引き出すと、ぽとりと何かが地面に落ちた。
「あら」
「……花、ですか?」
 拾い上げてシリンは頷く。
「そのようですね」
 小さい花だった。アリオトがわざわざ入れたのか、それともたまたま紛れ込んでしまったのか。仄かにピンク色をしている花弁を持つ花は綺麗に押し花にされていた。
 アドニアでは見ない種類の花だった。
「何という花かしら」
「これは……サクラですね。見るのは初めてですか?」
「セレネ・ソルにもありましたけど、花弁の数が違うわ」
「恐らく黎明の町にあるものは八重咲きなのでしょう。私の知る限りこちらの品種の方が多いと思います」
「ふふ、じゃあどこの町で書いたのか分かりませんね」
 リーザは、声を立てて笑ったシリンを不思議そうに見返す。
「どうされたんですか?」
「いえ、何だか少しおかしくて」
「おかしい?」
「どこで書いたのか分からないのに、私たち、同じ桜を見ているんですよ。遠くから手紙の中に入ってこの花はアドニアまで来た……どこかの詩人の言葉のようですね」
 くすりとリーザも少し笑う。
「陛下は花見酒をすると言って聞かなかったんでしょうね」
「ええ。でも花を見ている分、少しは静かなお酒になったんじゃないかしら」
「陛下は風流なところがありますからね」
「アリオトさまも楽しまれていればいいのだけど」
 桜の花を揺らしながらシリンは微笑む。


 この桜を見ている時、彼も桜に向かって微笑んだだろうか。
モクジ
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