ORPG・アドニアサイド

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  老人とレヴィ 上  

 それはある昼下がりのこと。
 不幸にもラドラマ・リ・ローアに出会ってしまった少年、エミリアの話。



 その日、エミリアは非番であり、酒場「天青石」を手伝っていた。時々こうして酒場を手伝わせて貰っているのは‘仕事’を覚えるためだ。
 酒場の店主、カイムがどんな人物なのか正直よく分かっていなかったが、彼の人脈と情報収集能力、そして発言力はこれから先諜報部で役に立つためには見ていて損にはならないと思ったのだ。そのため無理に頼んで時々仕事を手伝わせて貰っている。
 同じくこの酒場で働いている少女ロビンと談笑しながら店の仕込みを手伝っている時だった。
 酷く上機嫌な国王が雪崩れ込んできた。王は既に酔っぱらっており、脇にぐったりとした青年を抱えている。
 絡んだか絡まれたのか。ずっと飲むのに付き合わされたのだろう。この様子だと相当量を飲んでいる。青年の顔は赤いとか蒼いとか通り越して紫色になっている。
「おう、お前、アレだ、アレ!」
「随分とできあがっているな。いつから飲んでいる?」
「あーん? んなモン、アレだ! おっ、ロビン! お前、相変わらず頑張ってるようだな。だが、いい年した娘が、こんな親父の店で、酔っぱらいの相手なんて、アレだぞ、うん。……そうだ、アレだ! うん、それがいい! お前、アレだぞ、大きくなったら永久就職先をだな……」
「えーっと……」
「うちの従業員を困らせるな」
 まだまだ続きそうな国王の言葉を遮って、窘め、カイムは慣れた様子で国王と小脇に抱えられたままの青年を奥の席に移動させる。
 よく酔っぱらっている王だが、ここまで酔うのは珍しい。
 何か凄くいいことがあったか、悪いことがあったかどちらかだろう。
 手際よく王を奥に押し込め、カイムは苦笑しながらエミリアに言う。
「悪いが誰かに回収を頼んでくれないか」
「あ、はい。じゃあ少し行ってきます」
 このまま放っておく訳にもいかない。
 エミリアはこの先に「穏やかで真摯なローア卿」という像を根本から打ち砕く何かが待っているとは知らずに駆けだした。
 城内はエミリアがいなくても通常通り動いている。国王不在でも、それに変わる人間が働いている為に平穏な空気で動いていた。
 城門の兵士に挨拶をすると、一人が休みではなかったのかと問いかけてくる。用事を頼まれたのだと言うと「苦労性だな」と笑って通してくれる。
 もともとアドニアの城は開放されている。さすがに武器を持って入ることは兵士か正式な手続きを持って入る貴族でないと許されないが他の国に比べれば開けた場所だ。
 門をくぐり、中に入ると、真っ先に見えたのはこの国で絶大な権力を持つ老人だった。
 初めて見た訳ではないが、突然現れてエミリアは驚いて声を上げる。
「……ローア様!」
 名前を呼ばれて気付いたのか、ローアは穏やかな笑みを浮かべてエミリアに近づく。
「おや……貴方は確か、エミリアさんでしたね」
「あの、この前は皆様に大変ご迷惑をおかけして………」
 ローアは首を振る。
「いいえ、元はと言えば陛下が貴方を巻き込んだのが悪いのです。それよりも貴方のような優秀な射士がこちらに留まってくれたことに感謝をします」
「まだ見習いですが……」
「同じ事です。いずれ軍部より沙汰あると思いますよ。サグワンさんも鼻が高いでしょう」
 穏やかなローアは微笑んで言った。
 凄い人だという噂はあったが、この人の記憶力は自分とは比べ者にならないのではと思う。噂ではこの広いアドニアの下級貴族の家族構成まで全て把握していると聞く。ヘタをすれば外国まで知り尽くしているのではないだろうか。
「……それより、どうかなさったのですか?」
 言われてエミリアはここへ来た目的を思い出す。
「あ、あの……」
 エミリアは王が随分と酔って酒場にいることを伝えた。
 状況を把握するとローアは頷いて見せた。
「分かりました。アリオトさんに迎えに言って貰いましょう。……誰か、アリオト・ウェルにここに来るように伝えてくれませんか」
 ローアが声を掛けるとすぐさま一人動いた。
 穏やかに言いながらもその言葉は鮮やかな命令。さすがに貫禄が違うというべきだろうか。
 不意に、ローアの視線が自分に注がれていることに気付き、エミリアは狼狽する。
「あ、あの、ローア様?」
「ああ、失礼しました。見つめてしまうなんて不躾すぎましたね」
「えっと……どうかなさったんですか?」
「いえ、エミリアさんならば或いはご存じかと思っただけです」
 妙に丁寧に言われてエミリアは少し緊張した。
 この人は誰に対してもこんあ言葉遣いなのだろうが、自分よりも丁寧な言葉遣いをされて驚く。
「何を、でしょうか」
「ブーブークッションです」
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