ORPG・クラスペダ

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  路の上の華 1  

 リカリアの朝は遅い。
 皆が活動を始めてそろそろ昼食の準備を始める頃、おもむろに起きてくるのだ。もはや朝とは言い難い時間でも、彼はまだ眠そうな目をこすりながら顔を洗いに降りてくる。昼食を作る彼の傍らで顔を洗う彼の姿は日常の光景になっていた。
「昨日は随分遅かったようですね」
「ん、あー……」
 話しかけられ、彼は顔をこすりながら唸る。
「何だよ、クラナ、起きてたのか」
 彼は近くにあった布きれで顔を拭うとそれを肩にかける。
 ヴリマに出入りする半数以上は褐色の肌をしているために、母親譲りの白い肌をしている彼は目立つ。その上顔立ちも母親に似た彼は一瞬女性のようにも見えるために更に目立つ。
 その目立つ彼はクラスペダの警備を取り仕切るサグワン・ヴリマ隊長の第一子であり、今年で二十二になる。顔立ちこそ幼く見えるが、アドニアの血を引くだけあって、身体能力が高く見かけにそぐわない腕力をしている。そして顔から受ける印象よりは長身の方だろう。
 それだけでも驚くのだろうが、本当に彼の側にいる人間しか知らない彼の「本性」を知ると誰もが更に驚く。
 幼い頃から彼を知るクラナは今更その性格に驚いたりはしないのだが。
「起きてたなら出迎えぐらいしろよ、使えないヤツ」
「あれだけ殺気だって帰ってくる貴方に近づきたいと思う人間がいたら、お目にかかりたいですね」
「だったらなおのこと出てこいよ。鏡見せてやるから。つーか、昨日一緒に行けば見れたよ。その俺に近づきたがっている女」
 巨大な鍋をかき混ぜながら彼は意外そうな表情をリカリアに向けた。
「……女性、ですか?」
「ああ、女だった。俺久しぶりに死ぬかと思った。見ろよ、コレ、アレが剣抜いていたら間違いなく俺、ここにいねーよな」
 けたけたと笑いながら彼は衣服を脱いで見せる。
 一瞬、クラナは料理をする手を止める。
 彼の身体には棒きれで叩かれたような無数の痣があった。そのどれも実際に剣であったら致命傷になりかねない位置にたたき込まれている。
 リカリアの身体能力の高さはクラナもよく知っている。その彼にこれだけのダメージを負わせるとなると相手は相当な剣の使い手なのだろう。白い肌に浮かび上がる痛々しい後を見て、クラナは言葉を失った。
 リカリアは毎晩遊びに出かけている訳ではない。
 治安を守るため夜間巡回をしているのだ。その際、不審な人間に出会えばそれなりの対処をする。彼は魔物との戦闘をあまり得意としなかったが、相手が人間であれば負けることは余り無い。致命傷になりうる攻撃を甘んじて受けるような性格でもない。
「挙げ句‘もっと強くなったら相手してあげる’だってさ。悔しいやら、情けねぇやら」
「……どうでもいいけど、気持ち悪いですよ」
 恐らくその女性の口調を真似たのだろう彼の裏声にクラナはすかさず突っ込みを入れる。
 彼は不満そうに口をへの字に曲げた。
「俺の美声に対してなんつーこと言いやがる。てめえなんざ、スープの具になって消えちまえ!」
「はいはい、今その位置で私が転倒すると貴方も大やけどしますよ。それに食べ物を無駄にしてはいけません」
「……っち」
 火傷よりも恐らく食べ物の方に反応したのだろう。鋭い舌打ちをした彼はクラナを転倒させようと伸ばしていた手を引っ込め衣服を着直す。
「それにしてもリルがそれだけやられるとなると、厄介な相手ですね。……目的は?」
「知らね」
「知らないって……」
「赤い髪の男がどーの、とか、強い人がどーのとか、言ってた。人捜しか武者修行か何だか知らないけど、まぁ、随分美人……あー、そうだ。何か楽しませて貰ったからとかいってコレもらったんだよな」
 彼はどこから出したのか小さな鈴を振って見せた。
 ちりんと涼しい音を立てる小さな鈴には赤い紐が結ばれている。
 どこかで、似たような話を聞いたような気がしてクラナは首を傾げる。
「あー、そういや」
「どうしました?」
「西区の方で武器大量に保管している倉庫発見した」
 さらりと言った彼に絶句しかけたが、何とか言葉を絞り出す。
「……そんな重要なことを、野菜が安い店を発見した程度の気楽さで言わないで下さい」
「この手の話は上の方に報告しなきゃいけないんだよな。シルバ卿だったっけか、それともロスト卿だったっけか」
「いきなり何故そんな上まで持っていこうとするんですか」
「俺あの、ロスト家の当主サマ苦手なんだよなー、いつもこー皺寄っててさー、きっと眉間に第三の目隠し持って居るんだぜ。王様も王様で王様だろ、ウツクシイ俺は喰われちゃいそうで怖いの。あの王様きっと頭の後ろにもう一個くらい口があるんだぜ」
「同意も全く出来ない感想ですね。それより、リルはロスト卿とも面識あるのですか?」
「んーん、会ったことはない」
「……」
 クラナは盛大にため息をつく。
「会ったこともない相手に酷い言い草ですね」
「つーか、ふつー陛下に対して不遜とか言うべきなんじゃねーの?」
「言ったところで、貴方が態度を改めるとは思えませんね」
「失礼な。俺本人の前くらいはちゃんとした態度取るってー」
「堂々と言う事ですか」
 そもそも不遜と分かっているのなら直して欲しいところだ。
 国王と面識あるのはクラナも同様だ。
 リカリアの弟であるエミリアが魔物に襲われた際、瀕死の重傷を負った時に助けたのは国王とその側近であるアリオト・ウェルだった。エミリアが運ばれた後、魔物討伐に関して話し合っていた時に、国王とは言葉を交わしている。
 あんな状況で無ければクラナも会話できる相手ではない。ましてあの鋭さを見てリカリアのような態度を取る勇気などなかった。
 長所と言うべきか、短所と言うべきか、彼はそう言ったものに怖じることはない。彼のようになりたくはないが、羨ましい性格である。
「それより、クラちゃん、それ、辛さ足りない」
「え? ……ああ、そうですね。でも今日はそれほど暑くないし、この位の方が……ちょ、何するんですか!」
 棚にあった調味料の瓶の蓋を開け中の赤い液体をどばどばと鍋に入れる彼を見て、クラナは悲鳴を上げる。
「ナニって、味付け」
「い、いくら何でも入れすぎっ! 色変わっているじゃないですか! 何て事をっ!」
「大丈夫大丈夫、味は………ごほっ、何だ、コレ、超辛いじゃねーか! げほっ」
「貴方がやったんですっ! あー……もうすぐ皆さんが戻ってくるって言うのに……」
 赤く変色した鍋の中身を見て、彼は息を吐く。
 何とか再生する方法を……
「ぎゃあ! ナニ入れているんですか! リル! 止めなさい!」
「大丈夫だいじょーぶ」
「そ、そんなモノまで!? いや、いくら何でも分離……ぎゃああ!!!」
 あまりにもおぞましい光景を見てクラナは悲鳴を上げ続ける。
 食べれるモノではある。だが、それとそれとの組み合わせは危険ではないだろうかと思えるものから大量に投下していく。最早食べられるものではないだろうと思った矢先、午前の警備を終えた兵士達が戻ってくる気配を感じる。
 たまらずクラナは額を抑えた。
 同時に目と耳と塞ぎたい衝動に駆られる。
 アレが来る。
 がちゃりと食堂のドアが開き簡単に砂埃を払ってきた程度の兵士達が入ってきた。瞬間、振り向いたリカリアの表情が「気持ちの悪い」変化をする。
「あ、皆さん、お帰りなさい、お疲れ様です」
 満面の笑顔で彼らを出迎えたリカリアは鍋をかき混ぜながら‘可愛らしく’小首を傾げて見せた。
 それを喰らった何人かが、顔を少し赤くさせたのが見て取れた。
 男と分かっていても「これ」なのだ。弟のエミリアの方もそうなのだが、彼ら兄弟の母親に似た美貌は恐ろしいものがある。
「今、準備しますね。今日は僕も少し手伝わせて貰ったから、少し味には自信ないですけど、沢山召し上がって下さいね」
 その美貌を最大限に利用するリカリアに、女という性別が与えられたらと考えるたびにクラナは絶望的な気分を味わう。
 本当に、コレが身も心も男で良かったと思う。
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