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ORPG・アドニア史

為虎添翼 1

 ラウロスはけして凡庸な王ではなかった。
 条件さえそろっていれば世界を統合するだけの勢いと苛烈さ、そして人を惹きつける魅力さえ持った男だったと思う。
 それでもアドニアという恵まれない国土に生まれついたために、彼のその力は発揮されなかった。
 彼の言うようにその「戦争」が勝利に終わっていれば、恐らくその力を発揮する機会に恵まれただろう。だが、それは気候という敵に邪魔をされた。滅多なことで大雨に見舞われる事がないアドニアで未曾有の豪雨。それが原因で、二つの集落が消え、街道が閉ざされることでアドニアは孤立した。
 完全に復旧するには数年を要し、痩せた土地はさらに細り、多くの餓死者まで出した。
 その時アドニアには二つの選択肢があった。敵対するトルメンタ王国に使者を送り一部の鉱山を明け渡すことを条件に同盟を結ぶこと。もう一方はトルメンタとの国境に位置する中立地帯を叩き、自国の軍に加えた上でトルメンタを叩くこと。
 元来苛烈な性格のラウロスは当然の事のように後者を選ぶ。勝算があったのだろう。多くの犠牲を出すが、結果的に国を助けられると思ったのだ。
 だが、彼の叔父に当たるラドラマ・リ・ローアは前者を押した。その様子を見た者は殆ど残っていないが、普段温厚なローアには考えられないほどの言いようであり、諫言と言うよりも叱責とも取れる口ぶりだったという。ローアもラウロスの指揮でならばトルメンタとの戦争に勝てるとは思っていた。けれど、彼は猛反対をしたのだ。
 血筋としては叔父に当たるが実際の年齢として年下になるローアの発言に腹を立てたラウロスは、反逆の意思がありと国王の権限で彼に蟄居を命じ事実上国の表舞台から退かせた。
 それが5年以上も前だと言うことだけは覚えている。
 命令を守り屋敷に閉じこもったローアは世間の事に耳を閉ざしていた。初めの頃こそ外部を気にする様子を見せた彼であったが、まだ幼かった彼の次男が病死という形で命を落としてからは殆ど誰とも口を聞かず、読書や庭いじりにいそしんでいたという。
 一説には次男の死はラウロスが彼を殺すために仕組んだ事の身代わりになる形だったと言うが、それは定かではない。
 結果的にローア卿は国の全てに失望したように屋敷でただ日々を過ごすだけだった。
「……よう、隠居のじじい、今日も陰湿な顔をしてるじゃねぇか」
 後ろから少年のような声が聞こえてローアはため息をつく。
「ヒルトさん、そこは出入り口でないと何度教えて差し上げたらわかるのですか? たまには正面玄関から尋ねてはどうですか」
 彼は窓の外から中を見ていた。
 そこに生えている枯れかけの針葉樹の幹を伝って二階にある部屋にまで来たのだ。野生動物ではあるまいし、仮にも貴族階級にある人間のすることではない。
「だったら門番に話くらい通せよ。正面から行ってもロニス程度の階級じゃあ、門前払いがオチだ」
「……ロニス程度の階級の者が出入りすれば不審に思われるでしょう。私はもうこの国にとって死人なんです。今更下らない陰謀などに巻き込まないで下さい」
 ローアはその時三十半ばくらいだっただろう。だが、その顔は痩け、落ちくぼんだような眼はまるで死を間近にした老人のように濁っている。
 対するヒルトと呼ばれた少年の方は手足こそ細く頼りない印象があったが、背が高く、肩幅もがっしりとしている。荒削りな印象はあったが、生き生きとした印象を受ける。顔には左目の上、額から頬にかけて長く真っ直ぐ降りる傷があったが、それすらも彼の魅力になってしまう不思議な雰囲気を纏っていた。
 少年はローアの言葉に目つきを少し鋭くさせる。
「下らない陰謀だと? そうだよ、下らねぇよ。この国が傾きかけている踏ん張り時に、内側で味方同士が争うんだからな。けどな、ジジイ、もう死んでいるお前はいいかも知れない。だが、俺たちは先がある。陰謀だろうと謀略だろうと起こさなければ俺らの先はとざされちまうんだよ」
「……それこそ、私には関係の無い話ですよ」
 ローアはくすりと笑う。
「それに、何ですか? 仮にも貴族の者がそんな口の利き方。まして、年長者に向けるような口調ではありませんね」
「うるせぇ、ジジイが。死んだまんま生きてるアンタに四の五の言われたかねぇよ」
「なら、何故私に会いに来たんですか? 後ろ盾になる貴族なら誰でもいいのでは? 蟄居命じられるような男です。取り入るのなら王弟殿下のいらっしゃるロストでも、貴方くらいが近づきやすいブロド家でもいいのでは?」
「………」
 ヒルトは軽い調子で部屋の中へと飛び込んだ。
 何をするのかと見守っていると、彼は無言でローアの前に一枚の紙切れを出した。
「何ですか?」
「城までの外出許可証だ。ブロドの甘えまくったクソガキを恐喝……じゃなかった、説得して王に頼んで貰った」
 甘えまくったクソガキ、と言う言葉に覚えず笑みが零れた。
 年齢的にはヒルトの方が下のはずだが、確かに彼の言うようにブロド家という権力に甘えているだけの子供だった。どんな方法で「説得」したのかはわからないが、彼のような勢いのある少年に詰め寄られて簡単に「落ちた」のだろう。
「俺が欲しいのはあんただよ、ロア卿。他の貴族連中は王が怖くて諫めることも出来ない。たまにそれだけの気概があったとしても、王は死という報復をしている。そんな中でアンタは生き残っている」
「………私だって、ラウロスに殺されかけています」
「だが、生き残った。機会がありながらも、王はあんたを殺せないでいる。……王はあんたをまっているんだよ」
「待つ? 私をですか? 反旗を翻すほどの余力の残らない男として歯牙にも掛けていないだけでは?」
「あんたの陰鬱な顔を見てりゃ、その可能性は否定できねぇけどよ………だったら、王はなんで外出を許可する書状を作ったと思う?」
「何故ですか?」
「知るか。んなもんは国王陛下に直接聞けよ」
 問いかけておいて答えないのは、勢いだけで質問したために初めからわかっていなかったのだろうか。
 それとも。
「仮に、貴方が王なら、私をどうしましたか?」
「蟄居なんか初めから命じない」
「意見が対立し、蟄居若しくは殺害しなければ国が分断するという局面ならば貴方はどうしますか?」
「王の権限で俺の意見を押し通す。気にくわないなら、あんたがこの首を取って王になればいい」
「浅はかな」
 ローアは嘲笑う。
 愚かで浅はかな子供の考えだ。玉座はそんなに簡単なものではない。
 初めて少年に会った時、彼は自分は未来の王だと言った。傲慢で恐れを知らない。自信に満ちあふれ、挫折を知らない少年。そう言った少年が挫折を知り落ちていく姿も自棄を起こす姿も、そして逆に上り詰める姿も見てきたローアは、それには興味を持たなかった。
 興味を持ったのは彼がロニスの姓を名乗ったからだ。ローアはアドニアにある貴族の殆どを記憶している。ロニスは大昔に王家と関わった程度の貴族だった。
 彼はそのロニス、今にも没落しそうなほどに衰えている家の嫡子と名乗ったのだ。一度二度、顔を合わせたことはあっただろうか。ローアの記憶している少年はもっと細く小柄で、死を目前にしているように見えたのだ。あの少年がこの状況で生き残ってきたこと、そして自分を訪ねた事に興味を持った。
 何か他の子供とは違う。
 そんな予感があったのだ。わざと突き放すようにしながらも、彼の出入りを完全に禁止しなかったのは期待があったからだ。
 だが、期待はずれだったようだ。
「王をすげ替えればいいですか。どんなに愚かでも強い者が王になればいい、そういうことですか。玉座はそんなにも軽いものではありませんよ」
「何を言っているんだよ、あんたは。俺の首を取ろうとする愚かな奴が、俺の首を取れる訳がないだろう」
「随分と自信家ですね」
「当然だ。この国の王になろうと考えるなら、それだけの自信が無くては勤まらない。……俺はラウロス王と似ているそうだ」
「誰がそんなことを?」
「カサンドラだよ」
「王女殿下と呼びなさい」
 咎めるように言ったが、彼は呼び方を直そうとはしなかった。
 彼が王女と顔見知りであることは知っている。だが、だからといってそんな風に親しげに口をきける相手では無いはずなのだ。
 それなのに彼は恐れず、王女もそれを許している。
「カサンドラは、俺とラウロス王は似ていると言った。でも同時に決定的な違いがあるとも言った」
「………決定的な違い?」
 ヒルトは強い眼差しを向ける。
「知りたくないか? 俺と王が何処が違うか。何処が似ているか。どうしてあの王はアンタを殺せないでいるか」
 知りたいと思う。
 同時にもうどうでもいいと思う。
 ローアは渡された紙をじっと見下ろす。
 この国は遠からず滅びるだろう。ラウロスの思想は必ずしも破滅に向かう物ではない。だが、もうこの国は手遅れな程に傾いている。皆、滅びを意識しながらも見ぬ振りをしている。
 今更何かを知ったところで無意味な気がした。
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