ORPG・ヒルトサイド

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  王の長槍 1  

 



 その青年がアドニアの城を尋ねたのは長い朝議を終え、王が一息を付いた頃だった。言い争うような騒がしい声を聞いて王はそちらの方へと足を向けた。
 見れば城内を護る兵士と青年がなにやら口論をしているように見えた。
「何だ、随分と騒々しい」
「陛下!」
 反射的に兵士は青年を床に押しつけた。二人がかりで押さえつけ、跪きながら彼らはヒルトに向かって頭を垂れた。
 押さえつけられた青年を見下ろしてヒルトは小さく笑う。
 肌は白く透き通っている。アルトゥーラではなく平地の方の出であることが容易に想像が付く。質素な服装だったがけして安いものではない。平地の貴族階級なのだろうとヒルトは踏んだ。
「何だ、俺の命を狙った不届き者か?」
「いえ、その……」
 困ったように兵士は顔を見合わせる。
 助けるように入ったのは一部始終をどこかで見ていたらしい老兵だった。
 今は亡きカサンドラ王妃の大叔父に当たる男で、ローア卿と呼ばれている男だ。ローアは鋭い眼差しを笑顔の奥に隠しながら主である王に軽く会釈をする。
「陛下の元で働かせて欲しいと申しているようです」
「はん、随分と奇特なヤツもいるもんだ」
「はて、我が軍では騎士団を募っておりましたか。それとも陛下が御自ら街にお出になった時に声を掛けられましたか」
「記憶にない」
 きっぱりと言い捨ててヒルトはしゃがみ込んで青年を見た。
 城へ出入りする人間は多い。アドニアは基本的に誰でも望めば王に謁見可能になっている。ただし、騎士階級の貴族や城の兵で無い限り武器を持ってはいることは許されない。恐らく身分の分からない青年を見咎めてこういった自体になったのだろう。兵士達は王の命を守るために最善を尽くした事になる。
 年の頃は二十ほどだろうか。精悍な印象を受ける顔立ちをしていた。男の顔の善し悪しに興味はないが実に女性に好まれそうな顔をしている。極端に美形という訳ではないが、十中八九女性から「格好良い」と賞賛される顔立ちだろう。
 青年は押さえつけられ自由と剣を奪われ、圧迫されているために声も出ない様子だったが、それでも何とか見下ろしている王の姿を見ようとしたのだろう。僅かに上げられた目は睨んでいるような形になった。
(いい目だ)
 ヒルトは目を細める。
「おい、離してやれ」
「は……しかし」
「いい。話がしたい。ローア、連れてこい」
 衣装を翻すようにして王は玉座の間の方に向かって歩き始める。
 ローア卿はその背に向けて頭を下げた。
「承知致しました。……離していいですよ、後は私が預かります。立てますか?」
「……申し訳ありません」
 青年は素直に詫び、ローアの手を借り立ち上がった。
「謁見は許可されましたが、万一の事に備え、武器は戻す訳にいきません。ご容赦を」
 兵士の一人が青年の剣を握りながら頭を下げる。
 青年も当然と思ったのだろう。頷いて、ローアの後に付いていった。
 謁見の間に入ると、ヒルトはどかりと玉座に座った。歴代の王のためにあつらえられた立派な玉座はヒルトの巨体を沈めても遜色のない程に作られている。歴代の王達の中でもヒルトは立派な体躯をしている。その彼ですらこれであるのだから、小柄な王であればむしろ玉座に抱かれているようにさえ見えただろう。この椅子に初めて座った時、王妃カサンドラは玉座が霞むのを初めて見たと、ヒルトを賞賛した。
 二十五年前民が貧困に喘いでいる時こんな立派な玉座は入らないと解体して使われている宝飾品を売り払おうとしたヒルトを止めたのは他ならぬカサンドラだ。他のものを売り払っても何も言わなかった彼女が唯一止めた玉座は今もこうしてヒルトを支えている。
 その玉座の前に膝を折ろうとした青年をヒルトは止めた。
「叩頭の必要はない」
 青年は戸惑ったような眼差しをヒルトに向ける。
 その戸惑った視線ですら、彼の持つ鋭さを隠すことが出来なかった。これでは兵士達が王の首を狙っているのではと訝って押さえつけるのも無理もない。
「俺はヒルト・リ・アドニア。この国の王であり、この城の主だ。……お前、名は?」
「アリオト・ウェルと言います」
 迷い無く発せられた声は澄んでいた。
 青年らしい鮮烈さと少し甘さを含んだような音。視線は真っ直ぐで曲がったことを嫌う印象を受ける。
 王として何人も人を見てきたヒルトには好ましい人物に映った。
「ウェル家……と言えばクラスペダよりも西部……の方でしたか。二十五年前のロニスと変わらぬ位の下級貴族ですね」
 ローアの説明にヒルトは笑う。この老人はどこまでこの国のことを把握しているのだろうか。下手をすればアルトゥーラの人間であれば端から端まで顔と名前を一致させていそうだ。
 その老人をからかうようにヒルトは笑う。
「耄碌したか、爺、平地の方なら俺の生家よりもよほど上級貴族だ」
「それは失礼を。……無礼を承知でお聞きしますが、ウェルの当主はアリオト殿ではないと記憶しておりますが」
「第三子になります」
 返答を聞いてローアは嘲笑するように声を立てた。
「三子……それはとても王の近くにおける身分ではありませんね」
「ローア」
「そういえば、嫡子でありましたが、下級貴族の若造が王の叔父である貴族に取り入って後見人にまでさせた事例がありますから不思議とも言えませんが。とても生意気な若造でしたね」
 ヒルトは苦笑する。
「誰のことを言っている?」
「おや、耄碌されましたか、陛下」
 先刻のお返しとばかりに笑うローアにうんざりとした表情を返して見せる。
 どうにも彼には王を敬うという気持ちが足りないらしい。
 もうその話は終わりにしろとばかりにヒルトは手を振った。
「……アリオトと言ったな。お前の得物は剣か。俺の元で使えと言って来るからには腕に覚えがあるのだろうな」
 青年は迷い無く答えた。
「はい、もちろんです」
「よし、俺がその力量試してやる」
 アリオトは驚いたように目を見開いた。
 横に並ぶローアは悪い癖が出たとばかりに呆れたように肩を竦める。
「ローア、剣を渡してやれ」
「はぁ、訓練用の剣ですよ。それからせめて中庭に出て下さい。私が立ち会いますが正式な形式を取っている以上は私はどちらも加勢しませんよ」
「当然だ」
 ヒルトは笑って立ち上がる。
 青年が殆ど睨むような目つきでヒルトを見ている。
 王を見ていると言うよりはこちらを本物の王であるか否かを疑っているようにも、これから立ち会う相手に対して値踏みしているようにも見えた。
 それは確かに当然の行為だ。
 どこにいきなり来た青年の力を試すと自ら戦いを申し込む王がいるだろうか。第一、ヒルトは着飾ることを好まない。下手をすれば側近の老人よりも簡易な服装をしている男が王を名乗った所で信用出来ないだろうし、まして家臣であるはずのローアの軽口を許すような男だ、疑われたとしても文句の言いようがない。
 それを理解しながらヒルトは挑発するように青年に笑う。
 まるで、お前なんかが王に会う資格などないとでも言うかのように。自分は偽物の王であり、いきなり来た者に対して対応するだけの影武者で王から厚い信頼を受けているとでも言うかのように笑う。
 見下すような笑み。
 一瞬青年の顔色が変わるのが見て取れた。
(それでいい)
 ヒルトは青年に背を向け中庭の方へと向かう。
(もっと強い瞳を見せてみろ、アリオト・ウェル)
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