NEXT | TOP

ORPG・イザヤサイド

子供らしく人らしく 1


 カラカヌイサという女の人は一年中雨の降り続けるという島から来た人だ。年の七割は雨が降っている島の名前はアマガチというそうだ。
 彼女は‘雨の降り続ける島’から連想する陰鬱な印象などまるでなかった。明るい印象の赤い髪をしており、止まっている印象のないひとだった。女の人にしては口調が荒く、随分ズケズケとものをいう人だな、というのがイザヤの最初の印象だった。一緒に居たジルに対して見た目だけで‘細くて頼りない’という趣旨のことを言ったため、イザヤの彼女に対する印象は最悪だった。
 イザヤが彼女のような女性に会うのは初めての事だった。イザヤが住んでいた場所に訪れる女性は概ね礼儀正しく口調も穏やかな人が多かった。多少男っぽいしゃべり方をする人もいたが、彼女と比べると大人しく感じてしまう。
 ウィンクルムに来て、まだ日が浅いが色んな人と出会った。人ではない気配をさせる人もいれば、人なのに不思議な気配がする人もいる。妙な気配の人と逢えば不思議な感じがしたが、この人物が一番不可解な人だった。アマガチで薬師の先生をやっているときいたがどこか奔放そうな雰囲気は先生と呼ばれるような人にはみえなかった。
 よく言えば飾り気が無くて気さくなのだろうが、イザヤにとってはがさつで、乱暴で、失礼な人だった。
 だから必要以上に関わりたくないと思っていた。
(それが、何で……)
 イザヤは魔法を組み上げながら前線で戦う彼女を見る。
 彼女は槌と薬品で戦う。出くわした敵に会わせて調薬するらしく、腰に巻いた衣服のフードにいくつもの薬品を詰めていた。戦うのに邪魔そうにも見えたが、彼女は器用に戦っていた。
(何で、僕がこの人と一緒にいるんだろう)
 完成した呪文で彼女を補助しながら溜息をつきたい気分を飲み込んだ。
 カラカヌはジルの知り合いと一緒に行動をしていた。イザヤはジルの仕事に付き添う形で旅をしていた。その旅の途中で彼女たちの一行と出会ったのだ。たまたま顔をあわせただけであったため、そのまま別れ、イザヤはジルに付いていくはずだったのだが、気付けばジルの姿は無かった。カラカヌは‘面倒を見るように頼まれた’と言い、イザヤは彼女たちと行動を共にすることになった。
 面倒を見ると言われ、余計なお世話だと思ったが、不慣れなこの世界を一人じゃ回れない。仕方なく彼女の世話になることになったが、彼女もイザヤとそう変わらないようだった。彼女の薬や植物に対する知識は高いのは分かる。ただ、旅をすることに関する知識はイザヤとあまり変わらないように思えた。聞けば彼女は殆どアマガチで過ごしていた為、大陸を旅するのは余り慣れていないのだという。イザヤよりは詳しいものの、大差ないように感じていた。
 イザヤは彼女ではなく彼女の仲間の人たちにあれこれと教えて貰いながら旅をしていた。
 そうして数日複数人で旅をしていたが、目的地が違うと別れることになり、イザヤはセレネ・ソルに戻るために彼女と二人で旅を続けるハメになった。戻るだけなら一人でも大丈夫だと同行を断ったが、頼まれて了承した以上は最後まで責任を持つと、結局一緒に旅を続けることになった。
「よし、あらかた片づいたな」
 槌の長さを調整しながら彼女はイザヤの方に戻ってくる。
 イザヤは頷いて答える。
「はい、周囲にもう強い魔物の気配はありません」
 ある程度気配を探ってみるが、今し方の驚いて逃げるような小物の魔物ばかりで大きな気配はない。
 念のために呪符取り出し魔力を含めて飛ばしてみる。
 カラカヌが不思議そうにこちらを見た。
「何してるんだ?」
「呪符を流して周囲に魔物がいないか確かめているんです。万一近くに小さな魔物がいても関知できるので、当面戦闘は回避出来ると思います」
「ふーん。魔法って色々できるんだなぁ」
 正確に言えば魔法ではなく‘まじない術’なのだが、違いを聞かれても説明するのが難しいために黙っていた。魔法とまじない術では‘古海’との関わり方が違うのだが、ジルに聞けばこちらの世界ではそもそも体系がちがうそうだ。違う場所から魔法を受け取る世界で古海の話をしても今ひとつ分からないだろう。まして魔法使いでなければ尚更だ。
 呪符からの気配に注意しながらイザヤは戦闘用に形を変えていた杖を元の形へと戻す。
 不意に腕に痛みを感じて顔を顰めた。
 腕を見ればひっかき傷のような傷が出来ていた。血も滲んでいる。最初に襲ってきた魔物に引っかかれたことを思い出した。
「どうした? 怪我したのか? 見せてみろ」
「え……だ、大丈夫です」
「大丈夫かどうかは素人が判断するもんじゃねぇよ。魔物にやられた傷だろ? 止血と消毒しておかねぇと駄目な時がある。いいから見せな」
 ぐいと強く腕を引っ張られ、イザヤは覚えずはねのけた。
 はねのけてからしまったと思う。
 だが、遅い。
 拒絶するような言葉が続いて出てきた。
「いいって言ってるんですっ!」
 余計なことをするな、と切り捨てるような言葉。
 自分の声音は思いの外強ばっていた。
 彼女は一瞬それに驚いたようだったが、すぐに表情が不機嫌そうに変わる。
「………そうかよ。じゃあずっとそうやって意地はってろ。あたしのこと嫌いだろうが構わねぇがな、それはいつか自分に返る。誰もいなくなってからじゃ遅ぇからな!」
 吐き捨てるように言って彼女は踵を返し一人でどんどんと先に進んでいく。怒って進んでいく彼女の背中を見てイザヤは唇を噛んだ。
 そうじゃない。
 そうじゃない。
 怒らせたかった訳じゃない。彼女の女性らしからぬ態度は苦手だし、ジルに対する態度も気に入らなかった。けれど、別に怒らせたかった訳じゃない。
 本当に必要じゃないと思っただけなのだ。
 イザヤは回復魔法はあまり得意ではないが使えない訳じゃないし、獣の一族の血を引いているために抵抗力もある。何より純粋な人と比べて回復も早い。だから必要ないんだと言いたかっただけだ。この傷は人を頼るようなものではないし、そのくらいのことで痛い痛いと甘えるのは子供のすることだ。それでも、あんな風な態度を取るつもりなんかなかった。
 どうしていつも自分はそうなんだろう。
 早く大人になって助けたい人がいるというのに、気が付くと癇癪を起こした子供のように相手を傷つける。
 怒って当然だ。
 彼女は自分のことを心配して言ってくれたのに、何の説明もせずにあんな態度をとって怒るなと言う方が難しい。
 謝らなければと思うが、言葉が出てこない。それどころか謝らなければいけない人の背はどんどん遠くに行ってしまっている。
(どうしよう……)
 突然、彼女が立ち止まって空を見上げた。
 くるりと彼女は振り向いてイザヤの方に向かって走ってくる。
「雨が来る」
「え?」
 こんなに天気なのに?
 イザヤが空を見上げると同時に彼女に手を掴まれた。いいから急げ、と促されイザヤは意味も分からずに走り始める。
 空には雲はあるが、青空も見えて晴れている。
 雨が降るような天気には思えない。だが彼女はイザヤの手を引いたまま丘の上の大きな木の方へ向かって走る。
 ぽつり、と鼻先に冷たい水が落ちる。
 微かにほこりっぽい水の匂いがした。
(……雨の匂い)
 ぽつり、ともう一粒頬に落ちる。
 空が急激に曇り始めた。
 さわさわと風が強まりはじめ、辺りが薄暗くなり始める。落ちる雨粒が多くなり、やがてざぁざぁと音を立てて雨が降り始める。
 二人は急いで木の下へと飛び込んだ。
Copyright (c) 2011 All rights reserved.
inserted by FC2 system